『Pretender』Official髭男dism。”答えのない場所で”【女性側視点】

Official髭男dism

このページは別記事で描いたOfficial髭男dismの『Pretender』という曲をモチーフにした、私の妄想物語の女性側の視点ですφ(・ω・`)

元記事を読んでいない方は、元記事【曲紹介・妄想物語(男性側視点)】からご覧になっていただければ幸いです。ρ(._.*)ρ

それでは「答えのない場所で」(女性側視点)(´っ・ω・)っすた~と

わかっていて、ここにいる

第一章:気づいていたこと

最初から、気づいていた。

彼がこちらを見ていること。
視線の向き方。
タイミング。
ほんの少しだけ長くなる“間”。

ジムという場所は、そういうものに敏感になる。
誰が誰を見ているか。どこに視線があるか。
言葉が少ない分、そういうものは隠れない。

だから、すぐにわかった。
——あ、この人、見てるな

でも、不思議と不快ではなかった。

それが、少しだけ意外だった。

普通なら、気になる。
視線を感じれば、距離を取る。
場合によっては、来る時間をずらすことだってある。

でも、そうはならなかった。

理由は、うまく説明できない。

ただ、彼の視線には“軽さ”がなかった。

見ているのに、踏み込んでこない。
興味はあるのに、無理に近づこうとしない。

距離を測っているような、そんな視線。

それが、安心できた。

だから、無視しなかった。
かといって、応えるわけでもない。

ただ、放っておいた。

目が合ったとき。

ほんの一瞬だけ、空気が止まる。
その“間”が、少しだけ心地よかった。

だから、少しだけ笑った。

深い意味はない。
ただ、そのまま逸らすのが少しもったいないと思っただけ。

でも、そのあとで少し考える。

——これ、よくないかもな

そう思う。

わかっている。

自分の立場も。
家での生活も。

帰れば、母親で、妻で、
当たり前の役割が待っている。

それは嫌じゃない。
むしろ、それなりに満たされている。

でも、どこかで少しだけ息が詰まることもある。

誰かに期待されて、
誰かのために動いて、
ちゃんと“自分の役割”を果たす毎日。

それが普通で、正しいことだとわかっている。

でも、その“正しさ”の中で、
自分がどこにいるのか、わからなくなる瞬間がある。

ジムは、その外側だった。

誰にも何も求められない場所。
誰かの役割を背負わなくていい場所。

ただ、自分の身体と、自分の時間だけに集中できる場所。

その中で、彼の存在は少しだけ異質だった。

ただの他人のはずなのに、
どこか“認識されている”感覚。

見られている、というより、
見つけられているような感覚。

それが、嫌じゃなかった。

むしろ、少しだけ心地よかった。

だから、気づいていながら何もしなかった。

距離を取ることもできた。
見ないようにすることもできた。

でも、しなかった。

その理由は、はっきりしている。

——少しだけ、楽だったから

彼の前では、
何かを演じる必要がなかった。

母親でもなく、
妻でもなく、
ただの自分でいられる感覚。

それを、ほんの少しだけ求めていた。

気づかないふりをしながら、
気づいていることを認めながら、

その曖昧な状態を続ける。

そして、少しずつ理解していく。

これは偶然じゃない。

ただのすれ違いでもない。

どちらかが動けば、変わる距離。

でも、その“どちらか”になろうとはしなかった。

動かないことで、
この状態を保とうとしていた。

でも、本当はわかっていた。

何もしないことも、選択だということを。

その場に留まること自体が、
すでに一歩踏み出しているということを。

だから、私は何もしなかった。

何もしないことを、選び続けた。

それが、最初の選択だった。

第二章:近づいていく距離

最初に声をかけられたとき。

少しだけ驚いた。

でも、それ以上に思った。

——やっぱり来た

どこかで、予想していた。

あの視線。
あのタイミング。
目が合ったときの、あの“間”。

言葉になるのは、時間の問題だと思っていた。

だから、驚きは一瞬で消えた。

「こんにちは」

その一言は、思っていたよりも自然だった。

もっとぎこちなくなると思っていた。
もっと距離を測るような言い方になると思っていた。

でも違った。

余計な力が入っていない。
無理に踏み込んでこない。

ただ、そこにある言葉。

だから、構えなかった。

「こんにちは」

そのまま返す。

それだけで、十分だった。

むしろ、それ以上はいらないと思った。

会話は、ほんの少しだけ続いた。

「よく来るんですか?」
「結構来てますね」

それだけ。

でも、その“それだけ”が、妙にちょうどいい。

広げようと思えば広げられる。
でも、広げない。

その距離感が、心地いい。

沈黙が来る。

普通なら、少し気まずくなるはずの間。

でも、そうはならなかった。

ただ、そこにあるだけの時間。

それを無理に埋めようとしない。

その感覚に、少しだけ気づく。

——あ、これ続くな

そう思った。

自然すぎる関係は、長くなる。

そして、長くなる関係ほど、
途中で切れなくなる。

それを、経験として知っている。

だから、本来ならここで止めるべきだった。

でも、止めなかった。

理由は、簡単だった。

——もう少しだけ、このままでいたい

それだけだった。

次に会ったとき。

彼より先に、言葉をかけた。

「たまに見かけますよね」

ほんの軽い一言。

でも、それは明確な一歩だった。

自分から距離を縮める行動。

言ったあとで、少しだけ自覚する。

——あ、今、自分から行った

でも、後悔はなかった。

むしろ、少しだけ楽になった。

曖昧な状態を、少しだけ動かしたことで、
中途半端な緊張が消えた気がした。

彼は、少し驚いた顔をしたあと、
すぐに笑った。

その反応も、想像通りだった。

だから、安心する。

会話は、少しずつ長くなっていく。

仕事の話。
時間の使い方。
どうでもいい雑談。

内容は特別じゃない。

でも、その中にある“間”が変わっていく。

無理に続けなくてもいい。
無理に終わらせなくてもいい。

ただ、自然に流れていく。

その状態が、一番危ないとわかっていた。

だから、あえて言った。

「主婦ですよ」

先に線を引く。

ここから先は、簡単じゃないと伝える。

それが目的だった。

でも、それだけじゃない。

少しだけ試していた。

それを聞いて、どうするのか。

引くのか。
それとも、そのまま来るのか。

彼は、引かなかった。

ほんの一瞬だけ間はあった。

でも、それだけだった。

そのまま、会話は続いた。

その瞬間、理解する。

——あ、この人も同じだ

わかっているのに、やめない側。

止める理由を持っているのに、
それを選ばない側。

その事実が、妙にしっくりくる。

安心ではない。

でも、理解に近い感覚。

だから、そのまま続けた。

距離は、少しずつ縮まっていく。

わかっている。

これは偶然じゃない。

自然でもない。

選んでいる。

お互いに。

止めることもできる。

でも、止めない。

その選択を、繰り返している。

そして気づく。

もう、“最初の場所”には戻れない。

ただの他人には戻れない。

まだ何も起きていないのに、
すでに何かが変わっている。

その状態のまま、進んでいる。

それでも、やめようとは思わなかった。

理由は、はっきりしている。

——この距離が、心地いい

それだけだった。

それが、二つ目の選択だった。

第三章:選んでいたこと

食事の話が出たとき。
もう、わかっていた。

これは、ただの食事で終わらない。
その先に何があるのかも、なんとなく見えていた。

「この近くに、おいしい洋食屋あるらしいですよ」

自分から言った言葉。
ただの雑談のつもりだった。

でも、本当は違う。

どこかで、流れを作っていた。

彼がどう出るか、わかっていたわけじゃない。
でも、何も起きないまま終わるとも思っていなかった。

ほんの少しだけ、きっかけを置いた。
それだけのつもりだった。

「今度、一緒に行きませんか?」

その言葉を聞いたとき、驚きはなかった。
むしろ、納得した。

——やっぱり、そう来るよね

心のどこかで、そう思っていた。

だから、迷いは一瞬だった。

断る理由は、いくらでもある。
既婚であること。子供がいること。
踏み込んではいけない関係であること。

全部、正しい理由。

でも、それ以上に強いものがあった。

——このまま終わらせたくない

その気持ちが、はっきりとあった。

「行きたい」

言葉にした瞬間、自分の中で何かが決まる。

軽い返事のつもりだった。
でも、その一言で、関係は確実に一歩進む。

わかっていた。

ここから先は、戻れない可能性がある。

でも、それでもいいと思った。

いや、違う。

それでもいいことにした。

彼といる時間は、楽だった。

何も求められない。
何も演じなくていい。

ただ話して、ただ笑って、それだけで成立する関係。

その“軽さ”が、心地よかった。

家では違う。

無意識に役割を背負っている。
母親としての自分。妻としての自分。

それは嫌じゃない。

でも、そこには“期待される自分”がある。

それに応え続けることに、少しだけ疲れている自分もいる。

彼の前では、それがいらない。

だから、楽だった。

その“楽さ”に、少しずつ依存していく。

帰り道、一人で考える。

——これでよかったのかな

頭では、答えは出ている。

よくない。

でも、その答えはすぐに薄れる。

代わりに浮かぶのは、さっきの会話の余韻。

彼の言い方。
間の取り方。
視線。

それを思い出すたびに、少しだけ気持ちが軽くなる。

その感覚に気づいたとき、自分で少し驚く。

——あ、もう始まってる

まだ何も起きていない。

でも、感情はもう動いている。

止めようと思えば止められる。
約束を断ればいい。

それだけのこと。

でも、それをしない。

理由は単純だった。

——会いたい

それだけだった。

その気持ちを認めた瞬間、すべてが少しだけクリアになる。

これは偶然じゃない。
流れでもない。

自分で選んでいる。

わかっていて、進んでいる。

その事実を、否定しない。
むしろ、受け入れている。

だから、止まらない。

ジムで会ったとき。

「決まったら連絡するね」

そう言いながら、すでに決めている自分がいる。

その言葉の裏にある意味を、お互いに理解している気がした。

それでも、あえて曖昧にする。

はっきりさせないことで、まだ戻れる余地を残している。

でも、その余地は、もうほとんど意味がない。

少しずつ、確実に進んでいる。

止まる理由よりも、進む理由の方が強くなっている。

それを理解しながら、進んでいる。

それが、三つ目の選択だった。

第四章:境界線の曖昧さ

家に行く流れになったとき。
正直に言えば、驚きはなかった。

むしろ、どこかで予想していた。

食事の約束をした時点で、どこまで進む可能性があるのかは、わかっていた。

「俺んちなら、ゆっくりできるけど」

その言葉を聞いたとき。

一瞬だけ、考える。

断る理由はいくらでもある。

ここで止めれば、まだ戻れる。
何もなかったことにできる。

そういう位置に、まだいる。

でも、同時にもう一つの感情がある。

——このまま終わりたくない

その気持ちの方が、わずかに強かった。

「じゃあ、お邪魔しようかな」

言葉にした瞬間、少しだけ心が静かになる。

決めた、という感覚。

迷いが消えたわけじゃない。

でも、選んだ。

その事実だけが残る。

店で食べるはずだった時間。
テイクアウトに変わる。

その変化を、どこか冷静に見ている自分がいる。

——あ、ちゃんと進んでる

そう思う。

車に乗る。

隣に座る距離。

今までと変わらないはずなのに、意味が変わっている。

会話は続く。

でも、少しだけぎこちない。

さっきまでの“自然さ”とは違う。

言葉の裏に、意識がある。

沈黙が増える。

その沈黙の中で、同じことを考えている気がする。

——本当にいいのか

でも、その問いはすぐに消える。

答えは、もう出ているから。

彼の家に着く。

ドアの前に立ったとき、ほんの一瞬だけ、足が止まる。

ここから先は、明確に違う。

ただの食事じゃない。
ただの関係でもない。

その境界線の手前。

でも、そのまま入る。

ドアが開く。

部屋の中に一歩入る。

その瞬間、空気が変わる。

知らない場所。

でも、どこか落ち着く。

「いい部屋だね」

自然に言葉が出る。

自分でも驚くくらい、緊張がない。

むしろ、少しだけ安心している。

靴を脱ぐ。
部屋の中を歩く。

初めて来た場所なのに、妙に違和感がない。

それが少し怖い。

——なんでこんなに自然なんだろう

そう思う。

でも、その違和感はすぐに消える。

座る。

距離が近い。

匂いがする。

それだけで、現実感が少し揺らぐ。

食事を広げる。

「どっち食べる?」

そのやり取りすら、少しだけ意味を持つ。

「半分こにしようか」

その言葉を選んだ自分に、少しだけ気づく。

——もう、この距離にいる

普通じゃない。

でも、拒否する気はない。

むしろ、そのままでいいと思っている。

食べる。
話す。
笑う。

どれも自然。

でも、その自然さが不自然。

彼といる時間は、やっぱり楽だった。

何も考えなくていい。
何も背負わなくていい。

ただ、そのままでいられる。

それが、心地いい。

「なんか、落ち着くね」

その言葉は、本音だった。

でも同時に、少しだけ怖かった。

ここに慣れたら、戻れなくなる。

その予感が、確実にある。

食事が終わる。

「洗い物、やるよ」

自然に立ち上がる。

キッチンに立つ。

水の音。

その瞬間、ふと思う。

——これ、普通の生活みたいだ

一緒に暮らしているような感覚。

ありえないのに。

でも、その“ありえなさ”が、妙にリアルに感じる。

背中に視線を感じる。

振り返る。

彼がこちらを見ている。

その視線の意味が、少しだけわかる。

でも、何も言わない。

言ったら、壊れる気がする。

時間がゆっくり過ぎていく。

帰る時間が近づく。

「そろそろ帰ろうかな」

その言葉を口にしたとき、少しだけ迷いが出る。

——帰りたくない

でも、それは言わない。

言ってしまったら、完全に越えてしまう気がするから。

玄関に向かう。

靴を履く。

背中に、視線を感じる。

でも、振り返らない。

振り返ったら、止まる気がする。

「じゃあね」

軽く言う。

その軽さを、意識している。

重くしないための言葉。

ドアを開ける。

外の空気。

少しだけ冷たい。

その温度で、現実に戻る。

歩きながら思う。

——踏み込んだな

でも、不思議と後悔はない。

むしろ、どこかで納得している。

——ここまで来るのは、最初から決まっていた

そう思っている自分がいる。

でも、それはただの言い訳だとわかっている。

本当は、選んだだけだ。

止めることもできた。

でも、止めなかった。

それが、四つ目の選択だった。

第五章:特別な夜

十二月に入った頃から、少しずつ意識していた。
街が変わる。音楽が変わる。人の流れが変わる。
——クリスマス
その言葉が、どこにいても目に入る。

ある日、帰り道。
何気ない会話の中で、聞いた。
「クリスマスって、予定あるの?」

軽い言い方をしたつもりだった。
でも、本当は違う。

確認だった。

彼が、どこにいるのか。

「ないよ」

その答えを聞いたとき、ほんの少しだけ安心する。

同時に、決まる。

——あ、じゃあ

でも、その場では何も言わなかった。

言ってしまえば、一気に現実になるから。

帰ってから、考える。

やめた方がいい。

その考えは、何度も浮かぶ。

クリスマス。夜。二人きり。

意味は、はっきりしている。

言い訳はできない。

それでも、スマホを開く。

「やっぱり、クリスマス一人?」

自分でも、遠回りだと思う。

でも、直接言うのが怖かった。

逃げ道を残したまま、確認する。

「一人だよ」

その返事を見たとき、もう迷いはほとんど消えていた。

「もしよかったら、一緒に過ごさない?」

送信ボタンを押したあと、少しだけ手が止まる。

やってしまった、と思う。

でも同時に、どこかで落ち着いている自分もいる。

これは偶然じゃない。

自分で選んだ。

その実感だけが残る。

「大丈夫なの?」

その返事を見たとき、少しだけ苦笑する。

優しいな、と思う。

でも、その優しさが少しだけずるいとも思う。

——止めるなら、ここなのに

でも、止めない。

「大丈夫。家族は出かけるから」

その一文を送るとき、ほんの少しだけ胸がざわつく。

嘘ではない。

でも、全部でもない。

少しだけ、自分に都合よく切り取っている。

それでも送る。

彼から「いいよ」と返ってきたとき、静かに決まる。

逃げ道がなくなる。

クリスマスイブ。

家を出る前、鏡の前に立つ。

服を整える。
髪を直す。

いつもより少しだけ時間をかける。

その自分に、気づいている。

——ちゃんと、会いに行こうとしてる

軽い気持ちじゃない。

でも、重すぎるわけでもない。

その曖昧さが、今の自分そのものだった。

外に出る。

街は明るい。

どこを見ても、特別な日。

笑っている人たち。
手を繋いでいる人たち。

その中を歩きながら、思う。

——私は、どこにいるんだろう

普通じゃない場所。

でも、完全に間違っているとも思えない場所。

そのまま歩く。

彼の家に着く。

インターホンを押す前、ほんの少しだけ止まる。

ここを押したら、もう戻れない気がする。

でも、押す。

ドアが開く。

「メリークリスマス」

自然に笑う。

その瞬間、少しだけ安心する。

いつもと同じ空気。

でも、確実に違う。

距離が近い。

意味が重い。

部屋に入る。

暖かい。

その温度に、少しだけ緊張がほどける。

食事を並べる。

「乾杯しよっか」

グラスを合わせる。

小さな音。

それだけで、この時間が特別になる。

話す。
笑う。

いつもと同じはずなのに、どこか違う。

言葉の一つ一つに、少しだけ意味が乗る。

「こういうの、久しぶり」

その言葉は、本音だった。

誰かとこうやって過ごす時間。

役割じゃなくて、ただの自分でいられる時間。

それが、久しぶりだった。

彼を見る。

優しい顔をしている。

その表情に、少しだけ安心する。

同時に、思う。

——このままじゃ、終わらない

わかっている。

だからこそ、止めない。

時間が進む。

距離が近づく。

空気が変わる。

その変化を、はっきりと感じている。

でも、目を逸らさない。

逃げない。

そのまま受け入れる。

この夜が、ただの夜じゃないことを理解しながら。

それでも、ここにいる。

それが、五つ目の選択だった。

第六章:わかっていたこと

少しずつ、空気が変わっていく。
さっきまでの軽さが、ゆっくりとほどけていく。
言葉が減る。沈黙が増える。

でも、それが不自然じゃない。

むしろ、その沈黙の中に意味がある。

「ちょっと眠くなってきた」

そう言ったのは、本当でもあり、少しだけ理由でもあった。

横になれば、流れが変わる。

それを、わかっていた。

「横になっていい?」
「いいよ」

そのやり取りも、あまりにも自然だった。

ベッドに向かう。

一歩ずつ、距離が変わっていく。

身体の位置だけじゃない。

関係そのものの位置が、変わっていく。

ベッドに腰を下ろして、そのまま倒れる。

「ちょっとだけね」

そう言いながら、目を閉じる。

眠るつもりはなかった。

ただ、見えない状態を作りたかった。

彼の視線を、直接受けないために。

でも、感じている。

そこにいること。
動いていないこと。
迷っていること。

空気でわかる。

時間が、少しだけ伸びる。

その間に、考える。

——どうするんだろう

来るのか。
来ないのか。

どちらでもいいと思っている自分がいる。

でも、本当は違う。

どちらを望んでいるのか、わかっている。

——来てほしい

その気持ちを、認める。

認めた瞬間、少しだけ楽になる。

足音がする。

近づいてくる。

距離が縮まる。

呼吸が少しだけ変わる。

でも、目は開けない。

開けたら、戻ってしまう気がするから。

そのまま、待つ。

顔の近くに、気配が来る。

ほんのわずかな距離。

触れるか、触れないか。

その境界。

一瞬だけ、時間が止まる。

そして、触れる。

唇。

その感覚を、はっきりと受け取る。

驚きはなかった。

むしろ、納得に近い。

——やっぱり、そうなるよね

そう思う。

ほんの短い時間。

でも、その一瞬で、すべてが決まる。

私は、目を開ける。

彼を見る。

驚いている。

その表情が、少しだけ愛おしいと思う。

「嬉しい」

自然に言葉が出る。

嘘じゃない。

本音だった。

「ごめん」

その言葉を聞いたとき、少しだけ不思議に思う。

なんで謝るんだろう。

同じことを選んだのに。

「なんで謝るの?」

そのまま言う。

彼が言葉に詰まる。

その様子を見て、少しだけ確信する。

——この人は、まだ迷ってる

でも、それもわかる。

だから、続ける。

「私、ずっと起きてたよ」

その一言で、関係がはっきりする。

偶然じゃない。
流れでもない。

お互いに選んだ結果。

「私も…同じだった」

言葉にしたことで、曖昧だったものが形になる。

逃げ場がなくなる。

でも、それでいいと思った。

むしろ、その方が楽だった。

隠さなくていい。
ごまかさなくていい。

そういう状態に入る。

でも同時に、わかっている。

——これで戻れなくなった

線は越えた。

完全に。

もう、前には戻れない。

ただの他人には戻れない。

でも、それでもいいと思っている。

その感情が、一番はっきりしている。

罪悪感がないわけじゃない。

でも、それよりも強いものがある。

——ここにいたい

それだけだった。

その夜、すべてが変わる。

でも、本当は違う。

変わったんじゃない。

ずっと前から、そうなる流れだっただけ。

それを、止めなかっただけ。

それが、六つ目の選択だった。

第七章:戻れない日常

あの夜のあと。
何かが大きく変わると思っていた。

でも、実際は違った。

朝は来るし、
子供を起こして、
朝ごはんを用意して、
いつも通りの時間が流れる。

何も変わっていない。

少なくとも、外から見れば。

でも、内側は違う。

少しの間でも一人になると、すぐに思い出す。

あの距離。
あの空気。
あの瞬間。

断片的に、何度も繰り返す。

思い出さないようにしようとしても、勝手に浮かんでくる。

それが少しだけ、困る。

でも同時に、どこかで安心する。

——ちゃんとあったんだ

現実だったことを、確認するみたいに。

彼からメッセージが来る。

「昨日はありがとう」

短い。

でも、それで十分だった。

あの夜を、否定していない。

それだけで、少しだけ救われる。

「私も」

同じくらい短く返す。

言葉を増やそうと思えば増やせる。

でも、あえて増やさない。

これ以上踏み込むと、一気に重くなる気がするから。

でも、それでも続く。

やり取りは、途切れない。

内容は変わらない。

どうでもいい話。
日常の話。

でも、その裏にあるものが変わっている。

一線を越えたあとの会話。

すべての言葉に、別の意味が重なる。

ジムでも会う。

「こんにちは」

いつもと同じ挨拶。

でも、その裏側はまったく違う。

お互いに知っている。

あの夜のことを。

それでも、何もなかったように振る舞う。

それが、暗黙のルールになる。

ある日、スマホが鳴る。

画面を見る。

名前。

現実に引き戻される。

「ちょっと出るね」

そう言って、その場を離れる。

声のトーンを変える。

いつもの自分に戻る。

「うん、大丈夫だよ」

何も変わっていないように話す。

でも、内側ではわかっている。

——変わってる

電話を切る。

少しだけ深呼吸をする。

そして戻る。

「ごめんね」

いつも通りの顔で。

その“いつも通り”が、一番現実を突きつけてくる。

——私は、こっち側の人間だ

当たり前のこと。

でも、その当たり前が、少しだけ遠く感じる。

彼を見る。

何も言わない。

でも、少しだけ空気が変わる。

その変化に、気づいている。

でも、触れない。

触れたら壊れるから。

帰る時間。

「またね」

軽く言う。

その軽さに、少しだけ救われる。

重くしないことで、この関係を保っている。

でも、本当はわかっている。

軽くしても、軽くならない。

ドアを出る。

外の空気。

少しだけ冷たい。

その温度で、現実に戻る。

歩きながら思う。

——これ、どうなるんだろう

答えは、わかっている。

どこにも行かない。

未来はない。

続けた先に、何もない。

でも、それでもいいと思っている。

それが、一番問題だとわかっている。

家に帰る。

いつもの場所。

いつもの匂い。

いつもの生活。

そこに戻る。

戻れる。

でも、完全には戻っていない。

どこかに、もう一つの場所がある。

彼との時間。

そこに、意識が残っている。

スマホを見る。

連絡は来ていない。

でも、待っている。

来るかどうかもわからないものを、自然に待っている。

その自分に、気づいている。

——あ、これ依存だ

そう思う。

でも、嫌じゃない。

むしろ、心地いい。

それが、一番怖い。

やめようと思えば、やめられる。

連絡を止めればいい。
会わなければいい。

それだけのこと。

でも、しない。

理由は、はっきりしている。

——手放したくない

それだけだった。

この関係は、どこにも行かない。

でも、終わらない限り、ここにある。

だから、続ける。

終わりが見えているまま。

それでも、続ける。

それが、七つ目の選択だった。

第八章:それでもここにいる

この関係に、意味はあるのか。

考えれば、すぐに答えは出る。

ない。

未来もない。
約束もない。

続けた先に、何かが残るわけでもない。

それでも、続いている。

やめようと思ったことは、何度もある。

最初に気づいたとき。
声をかけられたとき。
食事に行ったとき。

そして、あの夜。

どこかで止まることはできた。

でも、そのたびに選ばなかった。

やめる理由は、十分すぎるほどある。

でも、それ以上に強いものがあった。

——離れたくない

それだけだった。

最近、よく思う。

この関係は、何なんだろう。

名前がつけられない。

恋人でもない。

でも、ただの他人でもない。

どこにも属さない関係。

曖昧で、不安定で、でも確かに存在している。

彼といるとき。

時間が少しだけ軽くなる。

何も背負わなくていい。

誰かの期待に応えなくていい。

ただ、自分でいられる。

それが、どれだけ楽かを知ってしまった。

だから、戻れない。

元の自分に戻ることはできる。

でも、戻りたくないと思ってしまう。

その感情が、すべてを曖昧にする。

ある日、ふと口にする。

「このままでいいのかな」

自分でも、わかっている問い。

答えは出ている。

——よくない

でも、それでもいいと思っている。

その矛盾を、そのまま投げる。

彼は少しだけ考えて、曖昧に返す。

「どうだろうね」

その答えを聞いたとき、少しだけ安心する。

終わらない。

少なくとも、今は。

でも同時に、わかっている。

何も解決していない。

ただ、先延ばしにしているだけ。

それでもいいと思っている。

それが、今の自分だ。

帰り道。

一人で歩きながら考える。

——これでいいの?

同じ問いを、何度も繰り返す。

答えは変わらない。

よくない。

でも、やめない。

その選択をしているのは、自分だ。

誰かに強制されたわけじゃない。

全部、自分で選んでいる。

だからこそ、やめられない。

家に帰る。

いつもの場所。
いつもの生活。

そこに戻る。

何も変わっていない。

でも、自分だけが少し違う。

その違いを、誰にも見せない。

見せる必要がないから。

スマホを見る。

連絡は来ていない。

でも、待っている。

来るかどうかもわからないものを、自然に待っている。

その状態が、当たり前になっている。

——ここにいたい

その気持ちが、はっきりしている。

終わるとわかっている場所。
壊れるとわかっている関係。

それでも、離れない。

理由は、もう考えなくてもわかる。

満たされているから。

完全じゃない。

むしろ、不安定で、危うくて、どこか歪んでいる。

それでも、満たされている。

だから、やめられない。

「君は綺麗だ」

その言葉を思い出す。

単純で、まっすぐで、でもどこか逃げている言葉。

でも、それでいいと思う。

複雑に考えたら、壊れるから。

シンプルなままでいい。

私はまだ、この関係の中にいる。

抜け出すことはできる。

でも、しない。

その選択をしているのは、自分だ。

だから、ここにいる。

答えのない場所で。

終わりを知りながら。

それでも。

まだ、ここにいる。

~完~

『Official髭男dism』の他の名曲を紹介しておりますので併せてご覧くださいρ(._.*)ρ

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