本日ご紹介するのは、『Vaundy(バウンディ)』のナンバーから
『気まぐれ』【作詞・作曲:Vaundy】
歌詞全文はこちらのリンクから→https://s.awa.fm/track/e4bc22397bbfc926c858
Vaundyの新曲「気まぐれ」は、2026年5月27日に配信リリースされた楽曲。花王『メンズビオレ』の新TVCM「さらっといい距離。」篇のCMソングとして書き下ろされ、菅田将暉さんと井之脇海さんが出演する映像で広く話題を呼んでいる。
この曲の歌詞をざっくり考察します。(´っ・ω・)っすた~と
この曲は
“何気ない夏の一瞬”を、感覚ごと記憶に閉じ込めようとする曲です。
大きなドラマが起きるわけではありません。
でも、
- 首元を抜ける風
- 汗ばんだ空気
- 蝉の鳴き声
- 指先が触れる感覚
- 夏の終わりの気配
そういった“消えてしまう感情の断片”を、詩として残そうとしている。
この曲は、
恋愛ソングでありながら、
同時に「記憶」の歌でもあります。
全体テーマ
この曲の核心は、
「消えてしまう瞬間を、言葉にして残したい」
という想いです。
歌詞全体に共通しているのは、
- 時間は必ず過ぎる
- ドキドキは薄れていく
- 夏は終わる
- 関係も変わるかもしれない
という“終わりの予感”。
でも主人公は、それに抗うように、
「詩にしよう」
Vaundy「気まぐれ」作詞・作曲:Vaundy
と繰り返します。
つまりこの曲における“詩”とは、
単なる文章ではなく、
「消えゆく感情を保存する行為」
なんです。
冒頭の意味
むせるほど、猛烈な
時間が経っているVaundy「気まぐれ」作詞・作曲:Vaundy
ここ、かなり独特な表現です。
普通「時間が経つ」は静かなものですが、
この曲では“猛烈”なんです。
つまり主人公にとって、
今流れている時間は穏やかではない。
夏の熱気みたいに、
息苦しいほど濃密。
青春や恋愛の時間って、
後から思い返すと「一瞬」なのに、
その瞬間の中では異常に濃い。
その感覚を、
“むせるほど猛烈”という身体的表現で描いています。
「喉の奥、堤防は 苔が詰まって」
Vaundy「気まぐれ」作詞・作曲:Vaundy
ここはかなり文学的です。
喉=感情や言葉の出口。
堤防=本来は流れるはずのものをせき止める場所。
そこに“苔が詰まる”。
つまり、
言葉にしたい感情が、うまく流れない状態
を表しています。
恋愛感情って、
本当に大事なほど言葉にできない。
「好き」
「愛しい」
「この瞬間を忘れたくない」
そういう感情ほど、
喉の奥で詰まる。
この曲は、その“言葉にならない感情”を歌っているんです。
「そのドキドキを 忘れぬよう」
Vaundy「気まぐれ」作詞・作曲:Vaundy
ここから、この曲の本質が見え始めます。
主人公は、
今感じている“ドキドキ”が消えることを恐れている。
つまりこの曲は、
恋愛の「盛り上がり」を描いているだけではなく、
「感情が風化してしまう恐怖」
を描いています。
青春や恋って、
永遠じゃない。
時間が経てば、
どんな感情も薄れていく。
だから主人公は、
記憶の波に 紛れぬよう
Vaundy「気まぐれ」作詞・作曲:Vaundy
と歌う。
これはつまり、
「人生の大量の記憶の中に埋もれたくない」
という願いです。
サビの意味
君の気まぐれに、そっと肩を寄せ
二人あせばむ時間を詩にしよう。Vaundy「気まぐれ」作詞・作曲:Vaundy
ここが曲の核です。
“気まぐれ”という言葉が重要。
普通なら、
気まぐれな相手は“不安定”です。
でも主人公は、
その気まぐれを否定しない。
むしろ、
「その予測不能さ込みで愛している」
んです。
そして、
二人あせばむ時間を詩にしよう
Vaundy「気まぐれ」作詞・作曲:Vaundy
が本当に美しい。
ここで描かれているのは、
特別なイベントじゃない。
ただ“汗ばむ時間”。
つまり、
- 暑い夏
- 隣にいる距離感
- 恋愛特有の熱
- 青春の湿度
その全部をまとめて、
“詩”として閉じ込めようとしている。
この曲は、
「恋愛そのもの」より、
“恋をしていた空気”
を残そうとしている曲なんです。
「ひゅるり」の意味
ひゅるり
首元、風の音Vaundy「気まぐれ」作詞・作曲:Vaundy
この“ひゅるり”が、この曲の天才的な部分です。
これは意味ではなく、
感覚の言葉。
風が首元を通る感覚を、
擬音でそのまま表現している。
つまりVaundyはここで、
「説明」ではなく「体感」を音楽化している
んです。
しかも首元って、
かなり繊細な場所。
だからこの風は、
単なる自然描写ではなく、
- 恋の距離感
- 夏の涼しさ
- 相手の近さ
- 一瞬の静けさ
を全部含んでいる。
ここがこの曲の“映画みたいな質感”を作っています。
「ふわぁっと咲く花」
君の気まぐれで、
ふわぁっと咲く花とVaundy「気まぐれ」作詞・作曲:Vaundy
ここでの“花”は、
感情の比喩です。
相手の何気ない一言や行動で、
急に世界が明るくなる。
恋愛中って、
相手の機嫌や言葉ひとつで、
景色が変わる。
その感覚を、
“花が咲く”という柔らかいイメージで描いている。
しかも“ふわぁっと”という曖昧な言い方が重要。
この曲は終始、
感情をハッキリ定義しません。
全部、
- 風
- 音
- 温度
- 湿度
- 匂い
みたいな感覚で描く。
だから聴き手も、
自分の夏を重ねやすいんです。
後半の歌詞
豪雨に打たれ
錆びれぬようVaundy「気まぐれ」作詞・作曲:Vaundy
ここはかなり深い。
豪雨=時間・現実・困難。
つまり、
関係が変化しても、感情が錆びないでほしい
という願い。
青春の恋って、
環境の変化に弱い。
進学。
引っ越し。
時間。
距離。
全部が“錆び”になる。
でも主人公は、
その感情を守ろうとしている。
ラストの意味
時を止めまたそれを詩にしよう。
Vaundy「気まぐれ」作詞・作曲:Vaundy
この曲の最終到達点です。
主人公はもう、
“永遠”を求めていません。
時間が止まらないことは知っている。
夏が終わることも知っている。
それでも、
「せめて詩の中だけでも残したい」
と思っている。
つまりこの曲は、
“失わない恋”ではなく
“失うと知りながら残したい恋”
を描いているんです。
この曲を一言でいうと
「夏の感情保存装置」
です。
風。
汗。
蝉。
夕暮れ。
触れた指先。
そういう、
説明できないほど小さな愛しさを、
“詩”という形で永遠にしようとした曲。
だからこの曲は、
聴き終わったあと、
「物語を見た」
というより、
「昔の夏を思い出した」
みたいな感覚になるんです。
以上私なりの歌詞解釈でした。
続きまして、この曲を聴いて膨れ上がった私の妄想ストーリ(歌詞解釈)をチラッとお見せいたします
|ω・)チラッ
『気まぐれ』

第一章 蝉時雨の堤防
七月の終わりだった。
空気はむせ返るほど熱く、アスファルトは昼の熱を逃がしきれずにまだ白く揺れていた。
川沿いの堤防を、自転車を押しながら歩く。
隣には、紗良がいた。
白い半袖シャツの袖をぱたぱたと揺らしながら、彼女は突然立ち止まる。
「ねぇ、アイス食べたい」
「さっき食べたじゃん」
「それは三十分前」
「十分だろ、体感」
「時間なんて気まぐれで変わるんだよ」
そう言って笑う彼女の横顔を見て、俺は少しだけ息を止めた。
紗良はいつもそうだった。
突然方向を変える。
突然笑う。
突然黙る。
突然、「海行きたい」とか「夜の学校入りたい」とか「今から花火しよう」とか言い出す。
振り回されている自覚はある。
でも、不思議と嫌じゃなかった。
むしろ、その気まぐれに置いていかれないよう、必死に隣を歩いていた。
川の向こうで、蝉が鳴いている。
耳の奥にまで響くような声だった。
「暑……」
思わず漏れた声に、紗良が笑う。
「夏って感じするね」
「感じすぎる」
「でもさ」
彼女は堤防の手すりに肘をついて、風を受けながら目を細めた。
「こういう暑さって、たぶん後から思い出すんだよ」
「……なんで?」
「わかんない。でも、今しかない感じするから」
風が吹いた。
ひゅるり、と。
彼女の首元の髪が揺れる。
その瞬間、胸が妙にざわついた。
たぶん俺は、その音をずっと覚えてしまうんだろうと思った。
高校二年の夏休み。
俺たちは、どこへ行くでもなく毎日会っていた。
コンビニ。
河川敷。
駅前。
古本屋。
ゲームセンター。
夕焼けの見える歩道橋。
どれも特別じゃない場所なのに、彼女が隣にいるだけで輪郭を持ち始める。
「ねぇ、詩書いてよ」
ある日、紗良が突然言った。
「は?」
「詩」
「なんで」
「悠真、言葉好きじゃん」
「別に」
「好きじゃなかったら、そんなノート持ち歩かないでしょ」
図星だった。
俺は昔から、思ったことを文章にする癖があった。
誰にも見せないまま、ノートだけが増えていく。
紗良はそれを知っている唯一の人だった。
「何書けばいいんだよ」
「夏」
「雑」
「じゃあ、“今”」
彼女は笑った。
「この汗とか、風とか、蝉とか、そういうの」
彼女の言葉はいつも曖昧なのに、不思議と情景だけは鮮明だった。
俺は黙ってノートを開いた。
ページの白さに少し迷う。
その横で、紗良はラムネ瓶を傾けながら空を見ていた。
「……なぁ」
「ん?」
「なんでそんな、今を残したがるんだよ」
すると彼女は少しだけ黙った。
蝉の声だけが響く。
やがて彼女は、小さく笑った。
「消えそうだから」
その一言だけだった。
でも、その声が妙に寂しく聞こえて。
俺はそれ以上、何も聞けなかった。
夜。
家に帰っても、首元を抜けた風の感触が消えなかった。
机に向かい、ノートを開く。
ペンを走らせる。
『君の気まぐれに、そっと肩を寄せ
二人あせばむ時間を詩にしよう』
書いた瞬間、胸が熱くなった。
あぁ、これだと思った。
この感情を、忘れたくない。
喉の奥に溜まっていく言葉。
時間が経てば、きっと苔みたいに詰まって、うまく言えなくなる。
だから今、書いておきたい。
彼女が笑ったこと。
風が吹いたこと。
指先が少し触れたこと。
蝉の鳴き声。
汗ばんだ空気。
夕焼けの色。
全部。
全部、なくなる前に。
その夏は、永遠みたいに続く気がしていた。
第二章 夕立の匂い
八月に入る頃には、空気そのものが重たくなっていた。
朝から雲が低い。
湿気が肌にまとわりついて、歩くだけで体力が削られる。
それでも紗良は平気そうに笑う。
「今日さ、雨降る匂いする」
駅前の信号待ち。
彼女は空を見上げながらそう言った。
「まだ晴れてるじゃん」
「こういう時、急に降るんだって」
「天気予報士?」
「気まぐれ予報士」
意味わかんねぇ。
そう思いながらも、俺は少し笑ってしまう。
彼女といると、くだらない会話ばかり増える。
でも、そのくだらなさが、なぜか大事だった。
その日は、古い商店街を抜けた先の喫茶店に入った。
冷房の効いた店内は薄暗く、外の白い熱気が嘘みたいだった。
窓際の席。
グラスの氷が、からん、と鳴る。
「生き返る……」
紗良はテーブルに突っ伏した。
「大げさ」
「悠真は暑さに強すぎ」
「お前が弱すぎ」
「だって夏って体力吸うじゃん」
「それはそう」
窓の外では、自転車に乗った小学生が走っていく。
どこか遠くで雷が鳴った。
その音に、紗良が少しだけ目を細める。
「ねぇ」
「ん?」
「夏終わるの、早くない?」
突然だった。
俺はストローを咥えたまま止まる。
「まだ八月入ったばっかだろ」
「でももう半分終わった気する」
「気のせい」
「そうかな」
彼女は窓の外を見たまま、小さく笑った。
その横顔が妙に遠く感じた。
夕方。
店を出た瞬間、空気が変わった。
ぬるい風。
遠くで揺れる木々。
次の瞬間。
雨が落ちてきた。
「うわっ!」
「ほら言った!」
紗良が笑いながら走り出す。
突然の豪雨だった。
アスファルトを叩く音。
一瞬で濡れていくシャツ。
川みたいに流れる道路。
俺たちは商店街のシャッターの下へ駆け込んだ。
「ははっ……最悪……」
息を切らしながら、紗良が笑う。
髪が濡れて頬に張り付いていた。
シャツ越しの体温が近い。
肩と肩が触れる。
狭い屋根の下。
湿った風。
近すぎる距離。
胸がうるさかった。
「……風邪ひくぞ」
「悠真こそ」
「俺は平気」
「強がり」
そう言って彼女は、俺の袖を軽く掴んだ。
その瞬間。
時間が止まったみたいだった。
雨音だけが世界を埋め尽くしていく。
ひゅるり、と。
濡れた風が通り抜ける。
彼女の首元から、シャンプーの匂いがした。
もう何を話していたのか覚えていない。
ただ、あの時の鼓動だけは、異常なくらい鮮明だった。
「ねぇ悠真」
雨を見つめたまま、紗良が言う。
「もしさ」
「ん?」
「全部忘れちゃっても、残るものってあると思う?」
俺は少し考えた。
蝉の声。
夕焼け。
ラムネの味。
濡れた制服。
彼女の笑い声。
そういうものが、頭の中を過ぎる。
「……感覚じゃね」
「感覚?」
「言葉じゃなくてもさ、なんか覚えてる時あるじゃん」
紗良は静かにこちらを見た。
「例えば?」
「風とか」
「風?」
「今日の湿気とか、音とか」
「……うん」
「そういうのって、急に思い出したりする」
彼女は少しだけ目を伏せた。
それから、柔らかく笑った。
「そっか」
雨はまだ止まない。
けれどその時間は、不思議と嫌じゃなかった。
むしろ、このまま帰れなくてもいいと思ってしまった。
夜。
帰宅したあとも、袖を掴まれた感触が消えなかった。
ノートを開く。
ページをめくる。
ペン先が、迷いなく動いていく。
『そのドキドキが
薄れぬよう
豪雨に打たれ
錆びれぬよう』
書き終えたあと、俺は少しだけ笑った。
結局、全部彼女のせいだった。
風も。
夏も。
言葉も。
こんなにも胸が苦しくなるのも。
全部。
紗良の気まぐれから始まっていた。
第三章 花火のあとに残る熱
八月中旬。
夏は、少しずつ終わりの匂いを混ぜ始めていた。
昼間の空は相変わらず眩しいのに、夕方になると風だけが先に秋へ向かっていく。
その変化を、紗良はすぐ見つける。
「今日の風、ちょっと違う」
河川敷の階段に座りながら、彼女はそう言った。
「わかる?」
「いや全然」
「えー」
「全部同じ暑さだろ」
「違うんだって。今日は“終わりかけの夏”の風」
そんな曖昧なことを、本気で言う。
でも俺は、最近少しだけわかるようになっていた。
彼女が感じているものを。
彼女が、どうして“今”を残したがるのかを。
その日は地元の花火大会だった。
夕方の駅前は浴衣姿の人で溢れていて、屋台の匂いと人混みの熱気が街全体を包んでいる。
「人多……」
「夏祭りって感じじゃん」
紗良は楽しそうに笑う。
薄い水色の浴衣。
白い帯。
髪は珍しく結ばれていた。
首筋が見える。
そのせいで、まともに顔を見れなかった。
「なに」
「……いや」
「変?」
「いや、別に」
「絶対なんか思った」
「思ってない」
「嘘下手」
彼女は笑って、俺の袖を軽く引っ張った。
その仕草だけで、また心臓がうるさくなる。
本当に、ずるいと思う。
屋台を回りながら、たわいない話をした。
かき氷。
焼きそば。
射的。
りんご飴。
全部半分こだった。
紗良は食べるのが遅いくせに、すぐ「一口ちょうだい」と言う。
そのたびに俺は呆れながら渡す。
でも、本当は嬉しかった。
そんな小さなやり取りが。
“二人だけの夏”みたいで。
花火が始まる直前。
俺たちは少し離れた橋の上へ逃げた。
人混みから外れたその場所は、川の風が抜けて涼しかった。
遠くでアナウンスが響く。
夜空は深い群青色。
「ここ、穴場じゃん」
「だろ」
「悠真にしてはやる」
「なんだよそれ」
笑い声。
その直後。
夜空に、最初の花火が開いた。
ドン、と腹に響く音。
赤。
青。
金色。
光が川面に揺れる。
紗良は子どもみたいな顔で空を見上げていた。
「うわ……」
その横顔を見た瞬間。
胸が締めつけられる。
花火なんかより、彼女の方が綺麗だと思ってしまった。
そんなこと、絶対言えないけど。
「ねぇ悠真」
「ん?」
「来年も見れるかな」
花火を見たまま、紗良が呟く。
その声は、花火の音に溶けそうなくらい小さかった。
「……見るだろ」
「そっか」
「なんで」
「いや、なんとなく聞いただけ」
でもその“なんとなく”が、妙に引っかかった。
彼女は時々、急に遠くを見る。
今ここにいるのに、どこか別の場所へ行きそうな顔をする。
それが少し怖かった。
「紗良」
「んー?」
「お前さ」
言葉が詰まる。
何を聞きたかったのかわからなくなる。
すると彼女は笑った。
「なに、その顔」
「……いや」
「変なの」
また花火が上がる。
強い光が、彼女の瞳を照らした。
その瞬間。
俺は気づいてしまった。
たぶんもう、とっくに好きだった。
夏の暑さとか。
風とか。
蝉の声とか。
そういうもの全部に紛れて、気づかないふりをしていただけで。
もう戻れないくらい、彼女に惹かれていた。
花火大会の帰り道。
人波から少し離れて歩く。
夜風は昼間よりずっと優しい。
ひゅるり、と。
首元を風が抜けていく。
「今日さ」
紗良が前を向いたまま言う。
「楽しかった」
「……うん」
「こういう日、ずっと覚えてたいな」
その言葉に、胸が痛くなる。
“ずっと”なんて、本当は存在しない。
夏は終わる。
花火も消える。
時間は進む。
わかっている。
それでも。
「なら覚えとけばいい」
俺がそう言うと、紗良は少し驚いた顔をした。
「悠真がそういうこと言うの珍しい」
「悪かったな」
「ふふ」
彼女は笑う。
そして。
一瞬だけ。
本当に一瞬だけ。
俺の手に、自分の指先を触れさせた。
柔らかかった。
熱かった。
でも、その温度はすぐ離れていった。
まるで気まぐれみたいに。
その夜。
家に帰ったあとも、指先の感触が消えなかった。
ノートを開く。
ページをめくる。
ペン先が震える。
『君の気まぐれで、
ふわぁっと咲く花を
時を止めまたそれを詩にしよう』
書きながら思う。
この夏が終わったら。
俺たちは、どうなるんだろう。
でも今だけは。
まだ。
愛しさを感じていたかった。
第四章 夏の終わり、言えなかった言葉
花火大会のあとからだった。
少しずつ。
本当に少しずつ。
紗良と会う時間が減っていった。
「今日、ごめん。また今度でもいい?」
届いたメッセージは、それだけだった。
理由は書いていない。
でも紗良は昔からそうだった。
急に予定を変える。
急に消える。
気まぐれ。
それが彼女らしさだった。
……はずなのに。
なぜか今回は、胸の奥がざわついた。
八月の終わり。
夏休みは、気づけば残り数日になっていた。
蝉の声も少し減った。
夕方の空には、うっすら秋の色が混じり始めている。
俺は一人で河川敷を歩いていた。
見慣れた堤防。
見慣れた風景。
なのに、隣に紗良がいないだけで、全部違って見える。
スマホを見る。
返信はない。
既読もつかない。
「……なんだよ」
自分でも驚くくらい、声が低かった。
イライラしている。
不安になっている。
たぶん俺は、自分が思っている以上に、彼女に依存していた。
その時。
遠くに見覚えのある姿を見つけた。
白いシャツ。
風に揺れる髪。
紗良だった。
「……おい!」
思わず駆け寄る。
彼女は少し驚いた顔をした。
「あ」
「あ、じゃねぇよ」
息が乱れる。
汗が滲む。
「連絡返せよ」
すると紗良は少し困ったように笑った。
「ごめん」
「最近ずっとそうじゃん」
「……うん」
「なんかあった?」
聞いた瞬間。
彼女の表情が、一瞬だけ止まった。
風が吹く。
ひゅるり、と。
夏の終わりみたいな風だった。
「……引っ越すんだ」
静かな声だった。
頭が、一瞬理解を拒否した。
「……は?」
「お父さんの仕事で」
「いつ」
「九月」
早すぎる。
そんな言葉すら出てこなかった。
九月。
もうすぐだ。
夏が終わったら。
本当に終わるみたいに。
「だから最近、ちょっとバタバタしてて」
紗良は笑おうとした。
でもうまく笑えていなかった。
「……なんで言わなかったんだよ」
「言ったら、終わる感じするから」
その言葉が、胸に刺さる。
あぁ。
この人はずっと怖かったんだ。
夏が終わること。
今が消えること。
全部。
だから、“今”を残そうとしていた。
詩にしようとしていた。
忘れないように。
薄れないように。
錆びないように。
「悠真」
彼女が俺を見る。
夕焼けが瞳に映っていた。
「ありがとね」
その言葉が、どうしようもなく苦しかった。
ありがとう、なんて。
そんな終わりみたいな言葉、聞きたくなかった。
「……まだ終わってねぇだろ」
「え?」
「勝手に終わらせんなよ」
自分でも驚くくらい強い声だった。
紗良は目を丸くする。
俺は拳を握った。
喉の奥が熱い。
言葉が詰まる。
でも、今言わなかったら、絶対後悔すると思った。
「俺、お前のこと——」
その瞬間。
強い風が吹いた。
河川敷の草が大きく揺れる。
蝉の声。
夕焼け。
遠くを走る電車の音。
全部が混ざる。
紗良は静かにこちらを見ていた。
俺は息を吸う。
胸が痛い。
怖い。
でも。
それでも。
「好きだ」
言ってしまった。
世界が止まった気がした。
風だけが流れていく。
ひゅるり、と。
紗良の髪が揺れる。
彼女は何も言わなかった。
ただ少しだけ泣きそうな顔で笑った。
「……ずるい」
「は?」
「そんなタイミングで言うの、ずるい」
声が震えていた。
でもその目は、ちゃんと俺を見ていた。
「私も、好きだったのに」
その瞬間。
胸の奥で、何かが弾けた。
嬉しいのに。
苦しい。
やっと届いたのに。
もう時間が残っていない。
そんな感情が全部混ざって、息が苦しくなる。
夕焼けの河川敷。
俺たちは並んで座った。
肩が触れる。
汗ばんだ体温。
少し冷たくなり始めた風。
「……夏終わるね」
紗良が小さく言う。
「……うん」
「でも」
彼女はそっと俺の肩に寄りかかった。
「ちゃんと残ったね」
その言葉に、俺は何も返せなかった。
ただ。
今この瞬間だけは。
忘れたくないと思った。
絶対に。
第五章 残暑と、離れていく背中
それからの毎日は、不思議なくらい静かだった。
告白をした。
想いは届いた。
両想いになった。
本来なら、もっと浮かれていてもいいはずなのに。
俺たちはどこか、夏の終わりを見つめたままだった。
九月まで、あと十日。
その数字だけが、ずっと頭の中にあった。
紗良の引っ越しの日。
終わりの日。
カレンダーを見るたび、胸が少しずつ削れていく。
それでも俺たちは、できるだけ普段通りに過ごした。
河川敷を歩いて。
コンビニでアイスを買って。
他愛ない話をして。
夕焼けを見て。
時々、肩が触れて。
時々、手が触れて。
そのたびに嬉しくなる。
でも同時に、“あと何回だろう”と思ってしまう。
幸せなのに苦しい。
そんな夏だった。
「ねぇ」
ある日の帰り道。
紗良が前を向いたまま言った。
「遠距離って続くと思う?」
夕方の駅前。
信号待ち。
赤く染まった空。
俺は少し黙った。
正直、わからなかった。
高校生の恋愛なんて、不安定だ。
距離なんて簡単に心を変えてしまう。
でも。
「続けるしかなくね」
そう答えると、紗良は少し笑った。
「雑」
「でも本音」
「……そっか」
風が吹く。
彼女の髪が揺れる。
その横顔が、やっぱり少し寂しそうだった。
その日の夜。
俺は一人でノートを書いていた。
ページはもうかなり埋まっている。
ほとんど全部、紗良のことだった。
彼女の笑い方。
歩く速さ。
気まぐれ。
風の匂い。
蝉の声。
夏の熱。
失いたくないものほど、言葉にしたくなる。
でも同時に。
書けば書くほど、“終わり”を認めている気もした。
ペンが止まる。
窓の外では、夜風がカーテンを揺らしている。
ひゅるり、と。
あの日と同じ音だった。
九月直前の日曜日。
紗良が突然、「海行こう」と言った。
朝六時。
意味不明な時間に電話がかかってきた。
「今から?」
『今から』
「気まぐれすぎるだろ……」
『夏終わるよ?』
その一言で、断れなかった。
電車に揺られて、一時間。
海は思ったより人が少なかった。
空はまだ夏色なのに、風だけが少し冷たい。
砂浜を歩く。
波の音。
潮の匂い。
遠くで子どもが笑っている。
紗良はサンダルを脱いで、そのまま海へ入っていった。
「冷たっ!」
「当たり前だろ」
「悠真も来なよ!」
「いや濡れる」
「いいじゃん」
彼女は笑いながら、水を蹴った。
飛び散った雫がシャツに当たる。
「おい!」
「ふふ」
本当に子どもみたいだった。
でも、その笑顔を見ているだけで、胸が締めつけられる。
もうすぐ、この人はいなくなる。
それが信じられなかった。
夕方。
海辺の防波堤に並んで座る。
空はオレンジ色に染まっていた。
波の音が一定のリズムで響く。
「ねぇ悠真」
「ん?」
「私さ」
紗良は膝を抱えたまま言う。
「ちょっと怖かったんだ」
「何が」
「好きになるの」
その言葉に、胸が静かに揺れる。
「だって終わるじゃん」
彼女は笑った。
でもその笑顔は、泣きそうだった。
「夏も、景色も、人も。
ずっと同じじゃないから」
風が吹く。
長い髪が揺れる。
「だから、残したかった」
彼女は俺を見る。
「詩とか、言葉とか、風とか。
そういうので、ちゃんと覚えていたかった」
あぁ。
やっぱりこの人は。
最初から、終わることを知っていたんだ。
だから必死に、“今”を抱きしめていた。
「……なぁ」
俺は小さく息を吐く。
「終わっても、消えないだろ」
「え?」
「お前がいた夏とか。
笑ったこととか。
そういうの、たぶん一生残る」
紗良は静かにこちらを見た。
その瞳が少し潤んでいた。
「……悠真ってさ」
「ん?」
「たまに、すごいこと言うよね」
「たまにってなんだよ」
笑い合う。
そのあと。
彼女はそっと俺の肩に頭を預けた。
体温が近い。
波の音。
夕焼け。
潮風。
全部が静かだった。
「ねぇ」
「ん?」
「今、ちゃんと覚えててね」
その声は、消えそうなくらい小さかった。
俺は少しだけ笑って答える。
「忘れるわけないだろ」
すると紗良は安心したみたいに目を閉じた。
帰り道。
電車の窓に映る夜景を見ながら、俺は思う。
たぶんこの夏は、いつか終わる。
でも。
終わるからこそ、こんなにも綺麗なんだ。
失うからこそ、こんなにも愛しいんだ。
そんなことを。
紗良の気まぐれが、教えてくれた気がした。
最終章 気まぐれのあとに残るもの
九月一日。
空は、馬鹿みたいに晴れていた。
昨日までの夏が嘘みたいに静かで。
でも空気だけはまだ少し暑くて。
その中途半端さが、余計に苦しかった。
駅のホーム。
人の声。
電車のブレーキ音。
スーツケースの車輪が擦れる音。
紗良は白いワンピースを着ていた。
たぶん偶然なんだろうけど、夏の終わりみたいな色だった。
「……なんか実感ないな」
俺がそう言うと、彼女は小さく笑った。
「それ、最近ずっと言ってる」
「だって本当にないし」
「私はちょっとある」
「え」
「昨日の夜、めちゃくちゃ泣いた」
「……え」
「気まぐれで海行かなきゃよかった」
そう言って笑う。
でも目は少し赤かった。
俺は何も言えなくなる。
本当は。
行かないでほしかった。
離れたくなかった。
もっと一緒にいたかった。
でも。
そういう言葉ほど、喉の奥で詰まる。
まるで苔みたいに。
うまく出てこない。
「悠真」
「ん?」
「ノート、ちゃんと書いてる?」
突然の質問だった。
「……まぁ」
「見せてよ」
「無理」
「なんで」
「恥ずい」
「えー」
彼女は少し頬を膨らませたあと、ふっと笑った。
「でもさ」
「?」
「悠真の言葉、好きだった」
胸が痛くなる。
その言い方が、まるで“最後”みたいで。
「だから、忘れないと思う」
風が吹く。
ひゅるり、と。
ホームを抜ける風。
彼女の髪が揺れる。
その音だけで、涙が出そうになる。
電車が来るアナウンスが流れた。
周りの空気が少し動く。
終わる。
本当に。
夏が。
この時間が。
「……紗良」
「ん?」
「向こう行ってもさ」
「うん」
「気まぐれで連絡してこいよ」
彼女は少し目を丸くした。
それから。
泣きそうな顔で笑った。
「なにそれ」
「お前らしいだろ」
「……ふふ」
肩が震えている。
俺もたぶん、まともな顔できてなかった。
「ちゃんと返してよ?」
「返す」
「既読無視したら怒る」
「しない」
「たまには会いに来て」
「行く」
約束ばっかりだった。
未来なんて、本当はわからないのに。
でも今は、そう言うしかなかった。
電車がホームに入ってくる。
風が強く吹く。
夏の匂いが、少しだけした。
紗良は小さく息を吸ったあと、俺を見る。
「ねぇ悠真」
「ん?」
「この夏、楽しかった」
その言葉だけで、胸がいっぱいになる。
「……うん」
「ちゃんと残ったね」
あの日と同じ言葉だった。
でも今度は、少しだけ意味が違った。
消えないように。
忘れないように。
二人で必死に抱きしめた夏。
その全部が、確かにここにあった。
発車ベルが鳴る。
紗良は電車に乗り込む。
ドアの前。
目が合う。
何か言わなきゃと思うのに、言葉にならない。
すると彼女は、小さく笑って口を開いた。
「悠真」
「……ん?」
「またね」
たったそれだけだった。
でも。
その“またね”が、どうしようもなく愛しかった。
ドアが閉まる。
電車が動き出す。
紗良が遠ざかっていく。
白い姿が、小さくなっていく。
最後まで彼女は笑っていた。
泣きそうなくらい優しい顔で。
電車が見えなくなったあとも、俺はホームに立ち尽くしていた。
風が吹く。
ひゅるり、と。
夏の最後の風みたいだった。
俺はゆっくり目を閉じる。
蝉の声。
夕焼け。
豪雨。
花火。
海。
肩が触れた熱。
指先の感触。
全部が胸の中に残っていた。
終わったはずなのに。
不思議と、消えた感じはしなかった。
その夜。
机に向かう。
ノートを開く。
最後のページ。
ペンを持つ。
少し考えてから、静かに書いた。
『君の気まぐれに、そっと肩を寄せ
二人あせばむ時間を詩にしよう。』
書き終えたあと、窓を開ける。
夜風が入ってくる。
少しだけ涼しい。
季節が変わっていく匂いがした。
でも、その風の奥に。
確かにまだ、夏が残っていた。
~完~
他にも『Vaundy』の名曲を紹介しておりますので併せてご覧くださいρ(._.*)ρ





コメント