『偉生人』Vaundy。”妄想ストーリー(栞奈視点)”

Vaundy

このページは別記事で描いたVaundyの『偉生人』という曲をモチーフにした、私の妄想ストーリーの彼女側の視点ですφ(・ω・`)

元記事を読んでいない方は、元記事からご覧になっていただければ幸いです。ρ(._.*)ρ

それでは「偉生人(栞奈視点)」(´っ・ω・)っすた~と

『偉生人(栞奈視点)』

第一章:気づいていた

あの人は、昔から少しだけ遠かった。

同じ教室にいて、
同じ時間を過ごして、

同じ黒板を見ているはずなのに。

なぜか、視線の先だけが違っていた。


放課後の教室。

窓から入る夕焼けが、机の上に長く伸びる時間。

みんなが帰り支度を始める中で、
あの人だけは、まだノートを開いたまま何かを考えている。


「帰らないの?」

何気なく声をかけたことがある。


「もうちょっと」

そう言って、顔も上げずに答える。


その横顔を見たとき、
少しだけ違和感を覚えた。


頑張っている人の顔じゃなかった。


“どこかに行こうとしている人の顔”だった。


それが、ずっと引っかかっていた。


帰り道。

一緒に歩くこともあった。


「絶対なんとかなるって」

そう言って笑う。


その笑顔は、明るくて、
周りを安心させるような強さがあった。


でも。


その言葉の奥に、

ほんの少しだけ、

“無理している感じ”が混ざっていることに、

気づいてしまった。


たぶん、他の人は気づいていない。


でも私は、気づいてしまった。


(この人、止まれないんだ)


立ち止まることを、
自分で許していない。


だから、

進み続けるしかない。


そんな危うさがあった。


「すごいね」

誰かがそう言う。


「いや、全然」

笑って返す。


そのやり取りを、
少し離れたところから見ている。


(全然、じゃないでしょ)


心の中で、そう思う。


“全然じゃないくらい、頑張ってる”


でも同時に、


“その頑張り方、危ないよ”


とも思っていた。


近づこうと思えば、近づけた。


話しかけることもできるし、
一緒にいる時間を増やすこともできた。


でも、しなかった。


正確には、

“できなかった”。


理由は、ちゃんとあった。


もし近づいたら、

きっとこの人のことを、
もっと知ってしまう。


もっと知ったら、

たぶん、好きになる。


そして。


好きになったら、

この人が壊れる瞬間を、
一番近くで見ることになる。


それが、怖かった。


だから、少しだけ距離を取った。


届く距離にはいるけど、
触れない位置。


声をかけられるけど、
踏み込まない距離。


中途半端で、
ずるい場所。


それでも、その距離が一番安全だった。


好きにならないための距離。


傷つかないための距離。


でも。


それでも。


気づけば、目で追ってしまう。


授業中、ふと視線を上げたとき。

廊下ですれ違ったとき。

体育館の端で話しているとき。


無意識に、探している。


見つけると、少しだけ安心する。


その繰り返し。


「ねえ、あの人のこと好きなの?」

友達に聞かれたことがある。


「いや、違うよ」

即答した。


それは、嘘だった。


でも、本当でもなかった。


“好き”って言葉にするには、

まだ曖昧すぎた。


ただ。


“気になる”よりは、ずっと深くて、

“好き”よりは、少しだけ怖い感情。


そんなものが、確かにそこにあった。


ある日の帰り道。

少しだけ雨が降っていた。


屋根のある場所で、立ち止まる。


偶然、隣にあの人がいた。


「傘、持ってる?」


「ない」


少しだけ困ったように笑う。


その顔を見たとき、

ふと思った。


(この人、こういうところある)


無防備で、

ちゃんとしてるように見えて、

ちゃんと抜けている。


そのバランスが、

どうしようもなく人間っぽくて、

どうしようもなく惹かれてしまう。


結局、一緒に帰った。


一つの傘を、少しだけ無理して分け合いながら。


距離が、近い。


肩が、触れそうで触れない。


何も言えなかった。


でも。


その沈黙は、嫌じゃなかった。


むしろ、少しだけ心地よかった。


(ああ、ダメだな)


そのとき、はっきり思った。


このままいったら、

きっと私は、


この人を、ちゃんと好きになる。


だから。


その日から、

少しだけ距離を広げた。


自分を守るために。


そして、

この人を、勝手に背負わないために。


でも。


それでも完全には離れられなかった。


どこかでずっと思っていた。


(この人、いつか落ちる)


そしてそのとき、


“誰もいなかったらどうするんだろう”


その考えだけが、

ずっと胸の奥に残り続けていた。

第二章:見ていないふり

距離を取ると決めてから、

あの人との関係は、ゆっくりと薄れていった。


話す回数は減って、

目が合うことも少なくなって、

帰り道を一緒に歩くことも、なくなった。


それは自然な流れだった。

誰かが意識して切ったわけじゃない。


ただ、

“少しずつ選ばなかった結果”が積み重なっただけ。


でも。


完全に消えたわけじゃなかった。


ふとした瞬間に、

思い出す。


教室の窓際に座っていた横顔。

何かを考え込む癖。

無理して笑うときの、ほんの少しの違和感。


それらが、

時間が経つほどに、

なぜか鮮明になっていく。


大学に入ってからは、

本当に関わることがなくなった。


違う場所で、

違う生活をして、

違う人たちと時間を過ごす。


それが普通で、

それが“成長”なんだと思っていた。


でも、

一つだけ変わらなかったことがある。


たまに、SNSで見てしまうこと。


わざわざ探すわけじゃない。

でも、

タイムラインに流れてくると、

つい、止まってしまう。


研究の話。

進んでいる様子。

忙しそうな日々。


順調そうだった。


むしろ、

思っていたよりも、ちゃんとしていた。


(大丈夫そうだな)


その一言で、

安心しようとしていた。


見ていないふりを続けるための、

“理由”として。


本当はわかっていた。


画面の中の情報なんて、

ほんの一部でしかないこと。


順調そうに見えることと、

本当に順調なことは、

全然違うこと。


それでも、

“そう見えるなら大丈夫”って、

自分に言い聞かせていた。


関わらないために。


深く考えないために。


そして何より、

もう一度あの人の中に踏み込んで、

同じ不安を抱えたくなかったから。


ある日。


何気なく、またSNSを開いた。


いつも通り、

流れてくる投稿を、ぼんやり眺める。


でも。


違和感に気づく。


(あれ?)


少し遡る。


さらに遡る。


投稿が、止まっていた。


一週間。

二週間。


一ヶ月。


急に。


何の前触れもなく。


「……なんで」


小さく呟く。


理由は、わからない。


でも。


嫌な予感だけは、

はっきりしていた。


胸の奥が、ざわつく。


あのときの感覚に似ている。


高校の頃、

あの人の笑顔に違和感を覚えたときと同じ。


“表に出ていない何か”を感じる感覚。


(落ちてる)


確信に近い直感だった。


この人は、

たぶん今、

一人で落ちている。


誰にも見せずに。


誰にも頼らずに。


スマホを握る。


連絡先は、残っている。


でも、

最後にやり取りしたのは、いつだろう。


思い出せないくらい、前。


今さら、連絡していいのか。


そもそも、

なんて言えばいいのか。


「大丈夫?」


軽すぎる。


「最近どうしてる?」


遠すぎる。


「何かあった?」


踏み込みすぎている。


どれも違う気がした。


指が止まる。


画面を見つめたまま、

何もできない。


(やめといた方がいいかも)


そんな考えが浮かぶ。


今さら連絡しても、

迷惑かもしれない。


変に心配してると思われるかもしれない。


それに。


もし本当に落ちていたとして、

自分が何かできるわけじゃない。


むしろ、

中途半端に関わって、

また距離を取ることになる方が、

残酷かもしれない。


だから。


やめた方がいい。


そう思う。


でも。


その直後に、

別の声が出てくる。


(じゃあ、このまま何もしないの?)


胸の奥が、強く締め付けられる。


“何もしない”ことの方が、

ずっと後悔する気がした。


もしこのまま、

本当に落ちていって、

戻ってこなかったら。


そのとき、

自分はきっと思う。


(なんで連絡しなかったんだろう)


その後悔だけは、

はっきり想像できた。


「……無理だな」


小さく呟く。


逃げる理由は、いくらでもあった。


でも、

踏み出す理由は、

たった一つで十分だった。


“放っておけない”


それだけで、

もう十分だった。


ゆっくりと、

画面に文字を打つ。


「久しぶり。元気?」


何度も見直す。


軽すぎる気もする。

でも、

重くするのも違う。


これでいい。


“入り口”は、これくらいでいい。


送信ボタンに指を置く。


一瞬、止まる。


ここで送ったら、

また関わることになる。


距離を取っていた意味も、

全部、変わってしまう。


それでも。


「……いいか」


小さく息を吐いて、

ボタンを押す。


メッセージが、送られる。


取り消すことは、もうできない。


少しだけ、手が震えていることに気づく。


(これでよかったのかな)


答えは、すぐには出ない。


でも。


この選択だけは、

間違っていない気がした。


画面を見つめる。


既読がつくまでの時間が、

やけに長く感じる。


静かな部屋で、

自分の鼓動だけが響いていた。

第三章:あの一通

送信したあと、すぐに後悔が来た。


(やっぱり、やめとけばよかったかも)


画面に残る自分の言葉。

「久しぶり。元気?」


あまりにも普通で、

あまりにも踏み込んでいない。


でもそれ以上に、

“今さら感”が強かった。


最後にちゃんと話したのは、いつだろう。


思い出せないくらい、前。


そんな関係のまま、

急に連絡してくる理由なんて、

普通に考えたら“変”だ。


(気づかれるかな)


“何かあったんじゃないかって思ってる”こと。


“放っておけなくて連絡した”こと。


全部、見透かされるかもしれない。


それが、少しだけ怖かった。


でも。


それ以上に怖かったのは、


“返ってこないこと”だった。


既読がつかない。


数分。

数十分。


時間の感覚が、やけに伸びる。


何度も画面を確認する。


通知は来ない。


(やっぱり、迷惑だったかな)


少しずつ、不安が広がる。


でもその奥に、

別の感情もあった。


(それでもいいかもしれない)


少しだけ苦しくて、

でもどこか納得している。


何もしないよりは、

ずっといい。


そのとき。


――既読。


一瞬、息が止まる。


画面に表示される、小さな変化。


それだけで、

心臓が強く鳴る。


(返ってくる?)


数秒。


やけに長い。


そして。


「久しぶり。まあ、なんとか」


その一文を見た瞬間、

胸の奥が、すっと冷える。


(やっぱり)


確信に変わる。


“なんとか”


この人がその言葉を使うときは、

だいたい、“なんとかじゃない”。


本当に大丈夫なときは、

もっと軽く返す。


でも今は違う。


少しだけ濁して、

少しだけ逃げて、

でも完全には隠せていない。


そんな文章。


(ちゃんと落ちてる)


冷静に、そう判断する。


そして同時に、

少しだけ安心する。


(まだ、返してくれる)


完全に閉じている状態じゃない。


外に対して、まだ反応できる。


それだけで、

十分だった。


だから、迷わなかった。


すぐに打つ。


「今、時間ある?」


一拍置いて、


「ちょっと会えない?」


送る。


ここが、一番大事なところだった。


遠回しにする意味はない。


この人には、

“選択肢”を渡すよりも、

“きっかけ”を差し出した方がいい。


それを、知っている。


返信を待つ。


今度は、さっきよりも少し落ち着いている。


来るかどうかは、

半分わかっていた。


この人は、

“完全に落ちているときほど、誰かに会うことを選べない”。


でも。


“まだ少しだけ余裕があるときは、必ず外に出る”。


そして今は、その境界線にいる。


だから。


(来る)


そう思っていた。


――既読。


少しして。


「いいよ」


その二文字を見た瞬間、

ゆっくりと息を吐いた。


(よかった)


声には出さない。


でも、確かにそう思った。


ここで断られていたら、

たぶんもう一歩は踏み込めなかった。


でも、来る。


それだけで、

まだ“戻れる位置”にいるとわかる。


スマホを置く。


少しだけ、天井を見上げる。


(さて)


ここからが本番だ。


ただ会うだけじゃ意味がない。


“戻す”必要がある。


でも、それは押し付けるものじゃない。


この人が、

自分で戻りたいと思える形にしないといけない。


そのために、

どう話すか。


どこまで踏み込むか。


どこで止めるか。


全部、少しだけ考える。


でも。


最後に、ひとつだけ決める。


(無理に救わない)


それだけは、絶対にやらない。


救われるかどうかは、

本人が決めることだから。


自分ができるのは、

ただ――


“戻るきっかけを置くこと”だけ。


窓の外を見る。


少しずつ、夕方に変わっていく空。


あの頃と同じ時間。


でも、もう同じじゃない。


(ちゃんと、今のあの人を見る)


そう決めて、立ち上がる。


再会は、偶然じゃない。


自分で選んだ結果だ。


だからこそ。


ちゃんと向き合う。


逃げないように。


そして、

あの人が逃げないように。

第四章:崩れかけの人

店のドアを開けた瞬間、

少しだけ息を止めた。


(……やっぱり)


一目でわかった。


あの人は、ちゃんと落ちている。


見た目は、大きく変わっていない。

髪も、服も、いつも通り。


でも。


“中身の重さ”だけが、明らかに違っていた。


動きが少し遅い。

視線が、どこか定まらない。


笑おうとしているのに、

ほんの少しだけ、間がある。


(無理してる)


それも、かなり分かりやすく。


席に座る。

向かい合う。


距離は、そんなに遠くない。

でも、

以前よりも少しだけ遠く感じる。


「久しぶり」


声をかける。


「うん、久しぶり」


返ってくる。


そのやり取りだけで、

ほぼ確信する。


この人、今“表面で会話してる”。


中身は、まだ出てきていない。


だから。


焦らない。


ここで一気に踏み込んだら、

たぶん引っ込む。


まずは、普通に会話をする。


「なんか、痩せた?」


軽く聞く。


「そうかも」


曖昧な返事。


“自覚はあるけど、触れてほしくない”


そういうときの返し方。


(やっぱり)


確信が、少しずつ強くなる。


注文を済ませて、

少しだけ間を作る。


沈黙。


でも、これは必要な時間。


この人は、

“急に本音を出すタイプじゃない”。


少しずつ、少しずつ、

外側から崩していく必要がある。


「で、どうしてたの?」


あえて、普通に聞く。


ここで試す。


“どれくらい隠すか”。


「……まあ、普通」


やっぱり、来た。


(浅い)


すぐにわかる。


“普通”って言葉を使うとき、

この人はだいたい普通じゃない。


「“普通”って顔じゃないよ」


少しだけ踏み込む。


ここで逃がさない。


でも、強くしすぎない。


絶妙なライン。


一瞬、止まる。


視線が落ちる。


テーブルを見る。


(今、迷ってる)


出すか、隠すか。


その揺れが見える。


少し待つ。


急かさない。


自分で出すのを待つ。


「……外された」


出てきた。


小さく。

でも、確実に。


(よし)


心の中で、少しだけ安堵する。


ここまで来れば、

あとは繋げられる。


でも。


ここで絶対にやってはいけないことがある。


“同情すること”。


「大変だったね」

「つらかったね」


それを言った瞬間、

この人は“そっち側”に行く。


“守られる側”。


それは違う。


この人は、

そこに行ったら戻れなくなる。


だから。


あえて、軽く言う。


「いいじゃん、別に」


一瞬、驚く。


その反応でわかる。


(ちゃんと届いてる)


“想定外の言葉”が、

思考を止める。


その隙間に、

新しい視点を入れる。


「うまくいかないことくらい、あるでしょ」


事実だけを置く。


評価しない。

同情しない。


ただ、

“特別じゃない”ってことを伝える。


この人は、

自分の失敗を“特別なもの”にしすぎる。


だから、

“普通にあること”に戻す。


それだけで、

少しだけ呼吸がしやすくなるはずだから。


視線が上がる。


少しだけ、

ほんの少しだけ、

戻ってきている。


(まだいける)


次に行く。


「自分のこと、嫌い?」


一気に核心に触れる。


でも、これは賭けじゃない。


この人は今、

そこにいる。


“自分を否定してる位置”。


だからこそ、

そこに言葉を当てる。


逃げられない場所に。


「……わかんない」


正直な答え。


(よし)


まだ、

“完全な否定”には落ちていない。


だったら、

引き上げられる。


「それってさ、“終わってる人”の感情じゃないよ」


ゆっくり言う。


急がない。


言葉は、ちゃんと届かせないと意味がない。


「嫌いって思うってことは、
 まだどこかで“こうなりたい自分”がいるってことでしょ?」


その瞬間、

表情が変わる。


(入った)


この人は、

“論理で納得するタイプ”だ。


感情だけじゃ動かない。


だから、

“言葉で形にする”。


“理解できる形”にする。


それが一番効く。


しばらくして。


少しだけ、

顔が上がる。


目が、少しだけ戻っている。


さっきよりも、

ちゃんとこちらを見ている。


(戻りかけてる)


完全じゃない。


でも、

確実に。


「……怖いんだよ」


その言葉が出たとき、

少しだけ、安心した。


(やっと出た)


ここまで来れば、

もう大丈夫。


あとは、

押さない。


引っ張らない。


ただ、横にいるだけでいい。


「うん、わかるよ」


それだけ言う。


今はそれ以上いらない。


“理解されてる”って感覚だけで、

人は少し前に進める。


コーヒーの湯気が、

ゆっくりと上に上がる。


その揺らぎを見ながら思う。


(この人、戻れるな)


確信に変わる。


救ったわけじゃない。


ただ、

“戻るきっかけ”を置いただけ。


それでいい。


それ以上は、

この人がやることだから。


ふと、思う。


(なんでこんなにわかるんだろう)


少しだけ考えて、

すぐに答えが出る。


“ずっと見てきたからだ”


遠くから。

踏み込まずに。

でも、ちゃんと。


だからわかる。


この人が今、

どこに立っているのか。


そして、

どこまでなら届くのか。


(まだ、終わってない)


そう思えたことが、

少しだけ嬉しかった。

第五章:触れた理由

店を出たあと、少しだけ風が冷たかった。


昼と夜の境目。


空はまだ明るさを残しているのに、
街の灯りはもう点き始めている。


その曖昧さが、
今のあの人の状態と重なって見えた。


「帰る?」


軽く聞く。


でも、本当はわかっていた。


このまま帰したら、
また一人で沈む。


少しだけ浮かびかけたものが、
また元に戻る。


だから。


「じゃあ、ちょっと歩く?」


ほとんど答えを誘導するように言う。


「うん」


やっぱり、そう答える。


(よかった)


心の中で、小さく安心する。


並んで歩く。


距離は、少しだけ近い。


でも、まだ触れない。


その“微妙な距離”が、
今の関係そのものだった。


言葉は少ない。


でも、それでいい。


この人は、

“考えているときほど、静かになる”。


今は、無理に話させる必要はない。


むしろ、

“考える時間”を与える方がいい。


ふと、横を見る。


さっきよりも、
ほんの少しだけ表情が柔らかい。


(ちゃんと、動いてる)


ほんの少しだけ、
でも確実に。


それを確認できただけで、
少しだけ安心する。


「ねえ」


昔の話を出す。


「覚えてる? 高校の帰り道」


この話題を選んだのは、理由がある。


“今の自分”と“過去の自分”を繋げるため。


この人は、

“過去の自分を否定しすぎる”。


だから、

“変わってない部分”を思い出させる。


「……覚えてる」


その声に、少しだけ懐かしさが混ざる。


(いい)


ちゃんと繋がってる。


「今とあんまり変わってないね」


あえて、そう言う。


驚いた顔をする。


当然だと思う。


本人は、

“全部変わってしまった”と思っているから。


でも違う。


本質は、そんなに変わらない。


変わったのは、

“見え方”と“捉え方”だけ。


「ちゃんと悩むようになっただけ」


そう言ったとき、

少しだけ笑った。


(届いてる)


少しずつ。

でも確実に。


そのとき。


風が吹く。


髪が揺れる。


その一瞬、

目が合う。


すぐに逸らされる。


(あ)


気づく。


この人、

今、少しだけ意識してる。


それが、少しだけ嬉しかった。


でも同時に、

少しだけ怖かった。


(今、踏み込みすぎたら壊れる)


だから、

距離はそのままにしておく。


近づきすぎない。


でも、離れない。


そのバランスを保つ。


そのときだった。


指先が、触れた。


ほんの一瞬。


偶然。


でも。


すぐにわかった。


(離そうとしてる)


反射的に。


いつもの癖で。


“踏み込まないように”している。


だから。


ほんの少しだけ、掴んだ。


意識して。


選んで。


「……別に、いいよ」


その言葉は、

ただのフォローじゃない。


“ここにいていいよ”っていう合図。


“逃げなくていいよ”っていう許可。


“もう一回戻ってきてもいいよ”っていう、

サイン。


それを、

言葉と温度で伝えた。


一瞬、

空気が変わる。


さっきまでよりも、

少しだけ、近い。


でも。


それ以上は踏み込まない。


ここで深く行くと、

バランスが崩れる。


だから、手を離す。


ちゃんと、

自分から。


(ここまででいい)


そう判断する。


そのあと。


「もう一回やってみようかな」


その言葉を聞いた瞬間、

胸の奥が、大きく揺れた。


(ああ)


思わず、

少しだけ息を止める。


(戻ってきた)


やっと。


ちゃんと。


“自分で戻ることを選んだ”。


それが何より嬉しかった。


誰かに言われたからじゃない。


自分で選んだ。


それが、この人にとって一番大事なこと。


「いいじゃん」


短く答える。


本当は、

もっといろいろ言いたかった。


でも、それはいらない。


今必要なのは、

“評価”じゃなくて、

“肯定”。


それだけでいい。


歩きながら、

少しだけ視線を落とす。


(……よかった)


心の中で、静かに思う。


でも。


同時に、気づいてしまう。


(これ、やばいかも)


少しずつ、

距離が縮まっている。


“支える側”としてじゃなくて、


“隣にいる人”として。


その変化に、

少しだけ戸惑う。


でも。


嫌じゃなかった。


むしろ、

どこかで望んでいた。


(ダメだな)


小さく、心の中で笑う。


距離を取るって決めたはずなのに。


気づけば、

一番近い場所に戻ってきている。


でも、今はいい。


この人が戻ることが、先。


自分の気持ちは、

そのあとでいい。


そう思いながらも。


ほんの少しだけ、

手のひらに残った温度を、

意識してしまっていた。

第六章:変わり始めた人

「ちょっとだけやってみた」


その一文を見たとき、

思っていたよりも、心が揺れた。


画面の中の、短い言葉。


でもそこには、

昨日までなかった“方向”があった。


(ほんとに、やったんだ)


小さく息を吐く。


安心と、

少しの驚きと、

ほんの少しの誇らしさ。


全部が混ざった感情。


正直、ここまで早いとは思っていなかった。


もう少し時間がかかると思っていたし、

途中で止まる可能性もあると思っていた。


でも違った。


この人は、

ちゃんと“戻る方”を選んだ。


それが、何より嬉しかった。


「いいじゃん」


短く返す。


迷わなかった。


余計な言葉はいらない。


今は、

“ちゃんと進んでるよ”ってことだけ伝えればいい。


「それで十分だと思うよ」


続けて送る。


“もっとやれ”でもない。

“すごいね”でもない。


“今のままでいい”


それが一番、必要な言葉だと思った。


スマホを置く。


少しだけ、天井を見る。


(……よかった)


声には出さない。


でも、確かにそう思った。


あのまま何も変わらなかったら、

きっとこの人は、

どんどん沈んでいった。


戻れなくなるところまで。


それが、怖かった。


だから今、

こうして動き始めていることが、

ただ、嬉しい。


でも。


その感情の奥に、

もう一つ、別のものがあることに気づく。


(なんでこんなに嬉しいんだろう)


少しだけ、考える。


すぐに答えが出る。


“ただの知り合い”に対しての感情じゃない。


もっと近い。


もっと深い。


(……やっぱり)


認めたくなかったものが、

少しずつ形になっていく。


この人のこと、

ちゃんと、好きなんだと思う。


その事実に気づいた瞬間、

少しだけ、怖くなる。


(今じゃない)


心の中で、強く思う。


今、このタイミングで、

自分の気持ちを優先したらダメだ。


この人は、まだ途中。


やっと立ち上がりかけたところ。


ここで変に関係を動かしたら、

バランスが崩れる。


だから。


自分の感情は、少し後ろに置く。


今は、

“支える側”でいる。


それが、一番いい。


そう思おうとする。


でも。


完全には、抑えきれない。


「また会える?」


そのメッセージを見たとき、

一瞬、呼吸が止まった。


(……え)


予想していなかったわけじゃない。


でも、

こんなに早く来るとは思っていなかった。


少しだけ、心臓が速くなる。


(どうする)


迷う。


断る理由もある。


今はまだ早い、とか。


もう少し様子を見た方がいい、とか。


でも。


そんな理屈よりも先に、

答えは決まっていた。


「いいよ」


即答だった。


送ってから、少しだけ笑う。


(結局、そうなるんだ)


どれだけ距離を取ろうとしても、

どれだけ冷静でいようとしても、


この人が前に進もうとしているなら、


自分は、その隣にいたいと思ってしまう。


それが、もう答えだった。


「今度は、もうちょっとゆっくり話そうよ」


少しだけ踏み込む。


これは、“ただ会う”ための言葉じゃない。


“関係を少し進める”ための言葉。


送信する。


少しだけ、鼓動が早い。


(どう思われるかな)


そんなことを考えている自分に、

少しだけ驚く。


前はこんなこと、考えなかった。


もっと冷静でいられた。


でも今は違う。


ちゃんと、揺れている。


それでも。


それでいいと思った。


完璧じゃなくていい。


ちゃんと迷って、

ちゃんと選んで、


その結果で進んでいく。


それはきっと、

あの人と同じ変化だった。


スマホを閉じる。


少しだけ、深呼吸をする。


(次に会ったとき)


少しだけ、何かが変わる気がした。


怖さもある。


でも同時に、

少しだけ楽しみでもあった。


その両方を抱えたまま、


静かに、次を待つ。

第七章:答えを出さない理由

「……ちゃんと、好きになってる」


その言葉を聞いた瞬間、

時間が止まった気がした。


音が、少しだけ遠くなる。


街のざわめきも、

車の音も、

全部、少しだけ薄くなる。


ただ、その一言だけが、

はっきりと残る。


(ああ)


胸の奥が、じんわりと熱くなる。


ずっと、どこかで待っていた言葉。


でも、

“今じゃない”とも思っていた言葉。


嬉しい。


それは、間違いない。


でも同時に、

少しだけ怖い。


(ここで答えたら、どうなる?)


頭の中で、いくつもの可能性が浮かぶ。


もし「私も好き」と言ったら。


たぶん、うまくいく。


今の流れなら、

自然に付き合うことになる。


でも。


(それで、本当にいいの?)


自分に問いかける。


この人は、今どこにいる?


まだ途中だ。


やっと立ち上がって、

やっと歩き出したところ。


まだ不安定で、

まだ揺れていて、


“誰かに寄りかかる余白”が、残っている。


もし今、

この関係を“恋”として確定させたら。


この人は、

それを支えにしてしまうかもしれない。


それ自体は、悪いことじゃない。


でも。


(それだけで立てるようになってほしくない)


自分に頼ることで立つんじゃなくて、

自分で立てるようになってほしい。


それが、この人にとって一番大事なことだから。


だから。


すぐに答えを出すことは、

できなかった。


顔を上げる。


あの人が、まっすぐこっちを見ている。


逃げていない。


ちゃんと、待っている。


(ああ)


少しだけ、胸が締めつけられる。


この人、

ちゃんと変わってる。


前だったら、

ここまで真っ直ぐ言えなかった。


ここまで、待てなかった。


その変化が、

何より嬉しかった。


だからこそ、

雑に答えたくなかった。


「……そっか」


やっと出た言葉。


声が、少しだけ静かになる。


気持ちを整える。


「ずるいな、それ」


少しだけ笑う。


本音だった。


こんなタイミングで、

こんな真っ直ぐに言われたら、

ちゃんと向き合わないといけなくなる。


逃げられない。


でも、それが嫌じゃなかった。


むしろ、

それが嬉しかった。


「今のあんた、嫌いじゃないよ」


そう言ったとき、

少しだけ空気が柔らかくなる。


全部を否定しない。


でも、

全部を肯定もしない。


その中間。


今の関係に、一番合う言葉。


「前よりちゃんと悩んでるし」


「ちゃんと向き合ってる感じする」


それは、

本心だった。


この人は、

ちゃんと変わった。


でもまだ、

“途中”だ。


だから。


「今すぐ答え出すんじゃなくてさ」


少しだけ近づく。


距離は、

ほんの少しだけ。


でも、意味は大きい。


「もうちょっと一緒にいない?」


その言葉は、

逃げでも、

保留でもない。


“選択”だった。


完成させない選択。


途中のままでいる選択。


一緒に進むための選択。


沈黙が落ちる。


少しだけ、緊張する。


(どう思うかな)


でも。


あの人は、すぐに頷いた。


「……うん」


その一言で、

全部が少しだけ軽くなる。


(よかった)


心の中で、小さく息を吐く。


押し付けていない。


逃げてもいない。


ちゃんと、

同じ方向を見ている。


それがわかっただけで、

十分だった。


並んで歩き出す。


さっきよりも、

少しだけ距離が近い。


でも、それでいい。


今はこれくらいがちょうどいい。


完成じゃなくていい。


途中でいい。


そのまま、少しずつ進めばいい。


ふと、横を見る。


あの人の表情が、

少しだけ柔らかくなっている。


(ああ)


やっぱり、この選択でよかった。


心の中で、静かに思う。


恋は、

“答えを出すこと”じゃなくて、


“同じ方向に進めるかどうか”なんだと思った。


そして今、

その方向は、

ちゃんと重なっていた。

最終章:隣にいる理由

夜の街は、思っていたよりも静かだった。


人はいる。

車も通る。


でも、どこか落ち着いていて、

さっきまでの時間の余韻だけが、

ゆっくりと残っている。


隣を歩く。


距離は、少しだけ近い。


でも、無理に縮めているわけじゃない。


自然に、

今の形になっている。


「足りないままでさ」


その言葉を聞いたとき、

思わず、少しだけ笑った。


(ああ)


心の中で、静かに思う。


やっと、ここまで来た。


昔のあの人は、

“足りない”ことを認めなかった。


できないことも、

弱さも、

全部、“まだ足りてないだけ”って言いながら、


どこかで、

“自分はできる側だ”って思っていた。


それは悪いことじゃない。


でも、

どこかで必ず、ぶつかる。


現実と。


限界と。


そして、自分自身と。


あのとき、

落ちたのは当然だった。


むしろ、

あそこで落ちなかったら、

きっともっと壊れていた。


だから今、

こうして歩いている姿を見ると、


少しだけ安心する。


“ちゃんと一度壊れて、ちゃんと戻ってきた人”の歩き方をしている。


それは、

前とは全然違う。


「それでも、やってみる」


その言葉に、

迷いはあった。


でも、

逃げはなかった。


そこが一番大事だった。


完璧じゃなくていい。


でも、

逃げないことだけは、

変わってほしくなかった。


そして今、

それができている。


(もう、大丈夫だ)


はっきりと、そう思えた。


ふと、横を見る。


少しだけ前を見ている横顔。


昔みたいに、

どこか遠くを見ているわけじゃない。


ちゃんと、

“今の延長線上の未来”を見ている。


その違いが、

何より嬉しかった。


「うん」


短く返す。


それ以上の言葉はいらない。


もう、

全部伝わっているから。


しばらく歩く。


言葉は少ない。


でも、

沈黙が苦じゃない。


むしろ、

心地いい。


(なんでだろう)


少しだけ考えて、

すぐにわかる。


“無理してないからだ”


昔は、

どこかで無理していた。


合わせようとしたり、

距離を測ったり、

踏み込みすぎないようにしたり。


でも今は違う。


ちゃんと、

“今の距離”を受け入れている。


だから楽なんだ。


「……ああ、もう疲れたな」


隣から、ぽつりと聞こえる。


思わず、小さく笑う。


(素直になったな)


昔なら、

そんなこと言わなかった。


強がって、

全部抱え込んで、


誰にも見せなかった。


でも今は違う。


ちゃんと、

弱さも出せるようになっている。


それは、

すごく大きな変化だった。


「――でも、まだやれる」


その続きの言葉に、

少しだけ胸が温かくなる。


(うん)


心の中で頷く。


それでいい。


完璧じゃなくていい。


強くなくてもいい。


でも、

それでも進もうとしているなら、


それで十分だ。


ふと、

少しだけ歩幅を合わせる。


ほんの少しだけ、

近づく。


でも、

手は繋がない。


今は、それでいい。


必要になったときに、

自然と繋がる距離でいい。


(これでいい)


はっきりと、そう思えた。


“支えるために隣にいる”わけじゃない。


“救うためにいる”わけでもない。


ただ。


同じ方向に進む人の、

少しだけ隣を歩いているだけ。


それだけで、

十分だった。


夜風が、少しだけ優しく吹く。


その中で、思う。


(たぶんこれが)


“偉生人”なんだと思う。


特別な人じゃない。


完璧な人でもない。


ただ、

足りないまま、

迷いながら、


それでも進むことをやめない人。


その隣で、

同じように進んでいく人。


それだけの話。


でも、

それが一番、難しくて、

一番、ちゃんとしている生き方だと思った。


「ねえ」


小さく声をかける。


振り向く。


少しだけ間を置いて、

言う。


「ちゃんと進んでるよ」


それだけ。


でも。


その言葉は、

過去のあの人にも、

今のあの人にも、


そして、

これからのあの人にも、


ちゃんと届く気がした。


隣で、少しだけ笑う。


それを見て、

また少しだけ笑う。


言葉はいらない。


この距離と、

この時間と、


この“途中のまま進んでいる感じ”が、


全部、答えだった。

~完~

プロポーズ篇も書いてみましたのでもしよろしければ読んでみてくださいρ(._.*)ρ

冒頭にも書きましたが、彼側の視点ストーリを読んでいないようでしたら読んでみてくださいρ(._.*)ρ

また、他にも『Vaundy』の名曲を紹介しておりますので併せてご覧くださいρ(._.*)ρ

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