『サマータイムシンデレラ』緑黄色社会。”とびきり眩しい青春のサマーアンセム”

名曲紹介

本日ご紹介するのは、『緑黄色社会』のナンバーから

『サマータイムシンデレラ』
【作詞:長屋晴子・小林壱誓作曲:穴見真吾】

歌詞全文はこちらのリンクから→https://www.uta-net.com/song/341656/

「サマータイムシンデレラ」は、日本の4人組ポップ・ロック・バンドである緑黄色社会の楽曲2023年7月に配信リリースされ、同年9月に7枚目のシングルとしてCD発売されました。
森七菜と間宮祥太朗がダブル主演を務めたフジテレビ系月9ドラマ『真夏のシンデレラ』の主題歌。

この曲は、

「夏を思い出す曲」

ではなく、

「これから来る夏を楽しみにさせてくれる曲」

なんです。

聴き終わったあと、

青空の下の海辺を走りたくなる。

潮風を浴びたくなる。

そして誰かを好きになりたくなる。

そんな、とびきり眩しい青春のサマーアンセムです。

一見すると爽やかな夏のラブソングですが、実は

「恋に気付く瞬間」
「運命のような出会い」
「終わってしまう夏への焦り」
「勇気を出して想いを伝える決意」

を描いた物語になっています。

曲全体はまるで一本の青春映画のような構成になっていて、

出会い → 恋心の自覚 → 夏の終わりへの焦り → 告白 → 恋の始まり

が丁寧に描かれています。

タイトル「サマータイムシンデレラ」の意味

まずタイトルから見てみます。

シンデレラは本来、

  • 魔法にかかる
  • 運命の出会い
  • 限られた時間
  • 真実の愛

を象徴する物語です。

そしてシンデレラの魔法は夜12時で解ける。

つまりこの曲では

「夏そのものが魔法の時間」

として描かれています。

夏休みという限られた時間。

終われば元には戻れない。

だからこそ今の恋が尊い。

それがタイトルに込められています。


Aメロ

言葉にできない
想いは溢れてゆくのに
答えなど出せないまま

緑黄色社会「サマータイムシンデレラ」作詞:長屋晴子・小林壱誓、作曲:穴見真吾

恋をしたばかりの状態です。

好きかもしれない。

気になる。

会いたい。

でもまだ自分の気持ちを言葉にできない。


「答え」

とは

  • 好きなのか
  • ただの友達なのか
  • 恋なのか

という自分の感情そのものです。

恋の始まりによくある状態ですね。


運命の出会い

波飛沫はぜるような偶然は重なる
こうしてふたりを巡り合わせるの

緑黄色社会「サマータイムシンデレラ」作詞:長屋晴子・小林壱誓、作曲:穴見真吾

この曲の核心です。

偶然が何度も重なる。

たまたま会う。

また会う。

さらに会う。


普通なら偶然。

でも何度も続くと

「これって運命?」

と思ってしまう。


波飛沫という表現も美しいです。

海辺で起きる小さな奇跡。

夏らしさが一気に出ています。


恋で世界が変わる瞬間

そして世界は初めての色に染まる

緑黄色社会「サマータイムシンデレラ」作詞:長屋晴子・小林壱誓、作曲:穴見真吾

この曲で最も有名なフレーズの一つです。

恋をすると世界の見え方が変わる。


昨日までの景色。

昨日までの空。

昨日までの海。

何も変わっていない。

なのに。


好きな人がいるだけで

全部が輝いて見える。


青春そのものですね。


サビ①

もう誰にも止められないほど
始まりは不意を着いた

緑黄色社会「サマータイムシンデレラ」作詞:長屋晴子・小林壱誓、作曲:穴見真吾

恋は計画して始まるものではない。

気付いたら始まっている。


好きになろうと思ったわけじゃない。

でも気付いたら好きになっていた。


これが恋のリアルさです。


恋を取って駆け出した

それでもふたりは恋を取って駆け出した

緑黄色社会「サマータイムシンデレラ」作詞:長屋晴子・小林壱誓、作曲:穴見真吾

ここが面白い表現です。

普通なら

「手を取って」

です。

でも歌詞では

「恋を取って」

になっている。


つまり

恋そのものを掴んだ。

恋という未来を選んだ。

という意味になります。


告白したいのに言葉が見つからない

何度も思い出すような言葉を探して

緑黄色社会「サマータイムシンデレラ」作詞:長屋晴子・小林壱誓、作曲:穴見真吾

恋をすると

「好き」

という一言が言えなくなる。


もっと素敵な言葉があるんじゃないか。

もっと伝わる言葉があるんじゃないか。


そう悩む。


でも実際は

最後に伝わるのは

シンプルな言葉だったりする。


サビ後半

このまま熱さが醒めないように

緑黄色社会「サマータイムシンデレラ」作詞:長屋晴子・小林壱誓、作曲:穴見真吾

ここでの熱さは

恋の熱量です。


今感じている

ドキドキ

ときめき

高揚感


それが消えないでほしい。


恋をしたことがある人なら共感する部分です。


二人の思い出

はじけた笑顔も
やさしく流れた涙も
この夏が残してくれたプレゼント

緑黄色社会「サマータイムシンデレラ」作詞:長屋晴子・小林壱誓、作曲:穴見真吾

夏は終わる。

でも思い出は残る。


笑った日。

泣いた日。

一緒に過ごした時間。


それら全部が

夏からのプレゼント。


この歌は恋愛だけでなく

青春そのものも描いています。


「これが恋と知った」

明日がこれほどに愛おしいのは
これが恋と知った

緑黄色社会「サマータイムシンデレラ」作詞:長屋晴子・小林壱誓、作曲:穴見真吾

この一節は本当に美しいです。


好きな人ができると

明日が楽しみになる。


学校に行くのも。

LINEが来るのも。

会えるかもしれないことも。


全部が楽しみになる。


そしてその感情の正体が

「恋」だった。


つまりここで主人公は

恋心を自覚します。


夏の終わり

8月のカレンダー
夏の終わりが近付いた

緑黄色社会「サマータイムシンデレラ」作詞:長屋晴子・小林壱誓、作曲:穴見真吾

ここから曲の空気が変わります。


恋が順調だからこそ焦る。


楽しい時間は永遠じゃない。


夏は終わる。


シンデレラの魔法が解ける時間が近付いているのです。


最大の焦り

胸が騒ぐ
やめてまだ終わらないでよ
「好き」をまだ伝えていないのに

緑黄色社会「サマータイムシンデレラ」作詞:長屋晴子・小林壱誓、作曲:穴見真吾

この曲で最も切ない部分。


好きになった。

恋だと分かった。

でも。

まだ伝えていない。


もし夏が終わったら。

もしタイミングを逃したら。


この恋は終わってしまうかもしれない。


その焦りが爆発しています。


ラスト

ああ
ようやく答えに会えた
鐘が鳴る

緑黄色社会「サマータイムシンデレラ」作詞:長屋晴子・小林壱誓、作曲:穴見真吾

最初の

答えなど出せないまま

緑黄色社会「サマータイムシンデレラ」作詞:長屋晴子・小林壱誓、作曲:穴見真吾

と繋がります。


恋かどうか分からなかった。


でも今は分かる。


答えは

「好きだった」


そして鐘が鳴る。


これは

  • 告白の瞬間
  • 恋の始まり
  • シンデレラの鐘
  • 結婚式の鐘

など様々に解釈できます。


つまり終わりの鐘ではなく

始まりの鐘

なのです。


この曲の本質

この曲は単なる夏の恋愛ソングではありません。

本当に描いているのは

「恋に気付く物語」

です。


恋を知る前

偶然の出会い

会いたくなる

世界が輝いて見える

恋だと気付く

終わる前に伝えたい

勇気を出して走り出す


この一連の流れが一本の映画のように描かれています。

だから『サマータイムシンデレラ』は、

夏の爽やかさだけでなく、

「今しかない時間を大切にしたい」
「好きな人に気持ちを伝えたい」
「恋が始まる瞬間の奇跡」

を描いた、緑黄色社会屈指の青春ラブソングと言えるでしょう。

以上私なりの歌詞解釈でした。

続きまして、この曲を聴いて膨れ上がった私の妄想ストーリ(歌詞解釈)をチラッとお見せいたします
|ω・)チラッ

『サマータイムシンデレラ』

第一章 海風が運んだ偶然

高校二年の夏。

八月最初の日曜日。

朝から空はどこまでも青かった。

まるで絵の具で塗りつぶしたような青空の下、蝉たちが競い合うように鳴いている。

蒼は部活帰りに友達と遊ぶ約束をしていた。

駅前のコンビニで買ったスポーツドリンクを片手に、海へ向かう坂道をゆっくり歩いていた。

友達との待ち合わせまで一時間ほど時間があった。

だからなんとなく海を見に来た。

この町で生まれ育った蒼にとって、海は特別な場所だった。

嬉しい時も。

悩んでいる時も。

理由もなく落ち込んだ時も。

気付けば海へ来ていた。

今日もそうだった。

特別な理由なんてない。

ただ海が見たかった。

それだけだった。

坂を下ると、潮の香りが濃くなる。

海風が頬を撫でる。

視界が一気に開けた。

青い海。

白い波。

夏の日差しに照らされた水平線。

キラキラと光る海面は、まるで無数の宝石を散りばめたみたいだった。

蒼は堤防にもたれかかった。

遠くでは子供たちがはしゃいでいる。

サーフボードを抱えた大学生たち。

犬を散歩させる夫婦。

それぞれの夏がそこにあった。

蒼はペットボトルを開ける。

冷たいスポーツドリンクが喉を通る。

心地よかった。

その時だった。

突然、強い風が吹いた。

海風だった。

夏特有の気まぐれな風。

近くのベンチに置かれていた紙が舞い上がる。

ビニール袋が空を飛ぶ。

そして。

一冊のノートが風にさらわれた。

「えっ!?」

少し離れた場所から慌てた声が聞こえる。

蒼が振り向く。

そこには一人の少女がいた。

少女は慌ててノートを追いかけていた。

だが海風は容赦ない。

ノートは地面を滑りながらどんどん遠ざかっていく。

「あっ、待って!」

少女は必死だった。

だが追いつけない。

風の方が速い。

蒼は反射的に走り出していた。

考えるより先に身体が動いた。

砂混じりの遊歩道を駆ける。

ノートは転がる。

風に煽られる。

逃げるように転がる。

あと少し。

あと少し。

ようやく追いついたと思った瞬間。

また風が吹いた。

ノートが跳ねる。

「うわっ!」

蒼も思わず声を上げる。

その様子を見て少女も走りながら笑った。

「がんばってください!」

「いや、そっちも!」

二人とも必死なのに少しだけ面白かった。

ようやくノートが遊歩道の柵に引っかかった。

蒼が飛びつく。

同時に少女も駆け寄る。

二人の手がほぼ同時にノートへ伸びた。

「取れた!」

少女が嬉しそうに声を上げる。

蒼も息を切らしながら笑った。

「よかった。」

「本当にありがとうございます。」

少女は深く頭を下げた。

風で少し乱れた髪が揺れる。

額には小さな汗。

頬は少し赤い。

夏の日差しのせいなのか。

走ったせいなのか。

それとも。

少女が顔を上げた。

その瞬間だった。

蒼は言葉を失った。

綺麗だと思った。

それは単純な見た目だけではなかった。

笑った時に少し下がる目尻。

安心したような表情。

柔らかな雰囲気。

全部が自然だった。

飾っていない。

だからこそ眩しかった。

「?」

少女が首を傾げる。

蒼は慌てて目を逸らした。

「いや、その……。」

何か言わなければ。

でも言葉が出てこない。

情けないほど。

「本当に助かりました。」

少女はノートを抱きしめる。

「大事なものだったので。」

「そうなんだ。」

「はい。」

少し照れたように笑う。

「実は日記なんです。」

「日記?」

「毎年書いてるんです。」

「へぇ。」

「小学生の頃から。」

蒼は驚いた。

今どき珍しい。

スマホじゃなくて手書きの日記。

「だから無くなったら泣いてました。」

少女は笑った。

その笑顔が妙に印象に残る。

蒼もつられて笑った。

不思議だった。

初対面なのに。

初めて会ったはずなのに。

会話が自然だった。

沈黙も気まずくない。

そんな人は初めてだった。

「そうだ。」

少女が言う。

「お礼しなきゃ。」

「いや、別にいいよ。」

「ダメです。」

「本当に。」

「じゃあ……。」

少女は少し考えた。

それから近くの自販機を指差す。

「ジュース一本。」

蒼は笑った。

「安いな。」

「高校生なので。」

「確かに。」

結局。

二人は自販機の前に並んだ。

少女はレモンスカッシュ。

蒼は炭酸水。

海を見ながら並んで飲む。

「私、陽菜って言います。」

突然そう言われる。

蒼は少し驚いた。

「あ。」

名前だ。

今さら気付く。

「蒼。」

「蒼くん。」

陽菜はそう呼んだ。

たったそれだけなのに。

胸が少しだけ熱くなる。

それから二人は三十分ほど話した。

学校のこと。

好きな食べ物。

この町の話。

本当に何でもない話。

だけど蒼には特別だった。

やがて友達との待ち合わせ時間が近づく。

蒼は立ち上がった。

「そろそろ行かなきゃ。」

「あ。」

陽菜も立ち上がる。

少しだけ残念そうな顔をした。

気のせいかもしれない。

でも。

蒼は少し嬉しかった。

「じゃあ。」

「うん。」

「またね。」

またね。

普通の挨拶。

だけど。

蒼は思った。

本当にまた会えたらいいな、と。

陽菜は手を振った。

海風が髪を揺らす。

夏の光が彼女を包む。

その光景が妙に綺麗だった。

蒼は何度も振り返りながら帰った。

待ち合わせの友達に、

「なんか今日機嫌良くない?」

と言われるくらいには。

その夜。

ベッドに横になった蒼は、何気なく天井を見上げていた。

だが頭に浮かぶのは海ではない。

友達でもない。

宿題でもない。

陽菜だった。

「またね。」

その言葉が何度も蘇る。

笑顔も。

声も。

風に揺れた髪も。

全部。

蒼は苦笑した。

一日中考えている。

第二章 重なる偶然

あの日から三日が経った。

たった三日。

それなのに蒼の中ではずいぶん長く感じられた。

夏休みなのだから、本来なら毎日楽しいはずだった。

友達と遊ぶ約束もある。

ゲームもある。

動画もある。

夏祭りも近い。

だけど。

気付くと考えている。

陽菜のことを。

「重症だな。」

自分でもそう思った。

朝起きてまず思い出す。

夜寝る前にも思い出す。

ふとした瞬間にも思い出す。

海を見ると。

炭酸飲料を見ると。

陽菜が頭をよぎる。

「また会えないかな。」

そんなことを考えている自分がいた。

でも現実はそんなに都合よくない。

名前しか知らない。

連絡先も知らない。

学校すら知らない。

海でたまたま出会っただけ。

普通ならそれで終わりだ。

それでも。

蒼は心のどこかで期待していた。

また会えるんじゃないかと。

根拠なんて何もないのに。

その日。

蒼は部活帰りに夏休みの課題を終わらせるため、市立図書館へ向かった。

家では集中できない。

冷房も効いている。

毎年夏になると利用している場所だった。

自動ドアを抜ける。

涼しい空気が身体を包む。

思わず息を吐く。

「生き返る……」

外は三十五度近い暑さだった。

図書館の静けさが心地いい。

参考書を抱えて席を探す。

窓際の席。

そこだけぽっかり空いていた。

ラッキーだと思った。

だが。

その席へ向かおうとした瞬間だった。

見覚えのある横顔が視界に入る。

蒼は足を止めた。

心臓が大きく鳴る。

まさか。

窓際に座っていたのは。

陽菜だった。

信じられなかった。

本当に。

夢じゃないかと思った。

陽菜は分厚い文庫本を読んでいた。

頬杖をつきながら。

時折ページをめくる。

真剣な表情。

海で見た時とは少し違う。

大人びて見えた。

蒼はその場で固まった。

話しかけるべきか。

いや。

迷惑じゃないか。

でも。

せっかく会えたのに。

頭の中で会議が始まる。

数秒。

いや数十秒。

その間に陽菜が顔を上げた。

目が合った。

一瞬。

お互い固まる。

そして。

陽菜が大きく目を見開いた。

「あっ!」

思わず声を出してしまったらしい。

周囲の人が少し振り向く。

陽菜は慌てて口を押さえた。

蒼は思わず笑った。

すると陽菜も笑った。

「また会った。」

小さな声でそう言う。

その言葉だけで胸がいっぱいになった。

「偶然だね。」

蒼も小声で返す。

「びっくりした。」

「俺も。」

二人は顔を見合わせて笑った。

たったそれだけなのに。

不思議と嬉しかった。

蒼は陽菜の隣に座った。

参考書を開く。

だが。

全く集中できない。

横には陽菜がいる。

それだけで無理だった。

問題文を読んでも頭に入らない。

数学の公式が全部飛ぶ。

文字がただの記号になる。

その頃。

陽菜も同じだった。

本を開いている。

だがページが進まない。

蒼がいる。

隣に。

それだけで意識してしまう。

ふと横を向く。

蒼も同じタイミングでこっちを向く。

目が合う。

慌てて逸らす。

数分後。

また目が合う。

また逸らす。

そんなことを何度も繰り返した。

やがて。

陽菜が小さなメモ帳を取り出した。

何かを書いている。

そして。

ページを破った。

スッ。

紙が机の上を滑る。

蒼の前までやってくる。

そこには。

『全然勉強してないでしょ笑』

と書かれていた。

蒼は吹き出しそうになる。

慌てて口を押さえる。

ペンを取り出す。

『そっちも』

返す。

陽菜は見た瞬間に笑った。

図書館なのに。

声を出せないから。

メモで会話している。

まるで小学生みたいだった。

でも。

それが妙に楽しかった。

結局。

二人は一時間以上メモを交換し続けた。

好きな映画。

好きな音楽。

苦手な食べ物。

夏休みの予定。

知らなかった陽菜を少しずつ知っていく。

陽菜は読書が好きだった。

ホラー映画が苦手だった。

猫派だった。

辛いものが食べられなかった。

知れば知るほど。

もっと知りたくなる。

図書館を出る頃には夕方になっていた。

空が少し赤い。

風も涼しくなっている。

「楽しかった。」

陽菜が言った。

蒼は少し驚いた。

「俺も。」

陽菜は笑う。

そして。

少しだけ照れながら言った。

「また会えたらいいね。」

その言葉を聞いた瞬間。

蒼の胸が高鳴る。

また会いたい。

それは自分だけじゃなかった。

その事実が嬉しかった。

二人は駅前で別れた。

陽菜が手を振る。

蒼も振り返す。

その後ろ姿が見えなくなるまで見送った。

帰り道。

蒼の足取りは軽かった。

第三章 恋だと知った日

図書館で再会してから。

蒼と陽菜の偶然は、本当に不思議なくらい続いた。

いや。

今思えば、それは偶然だけではなかったのかもしれない。

会いたいと思っていると、人は無意識にその人を探してしまう。

見慣れた景色の中から。

人混みの中から。

心のどこかで。

ずっと。

図書館で会った翌週。

蒼は商店街の本屋へ立ち寄った。

特に買うものがあったわけではない。

涼しいから入っただけだった。

雑誌コーナーを歩いていると、見覚えのある後ろ姿が目に入った。

肩まで伸びた黒髪。

白いブラウス。

手には文庫本。

陽菜だった。

思わず足が止まる。

また会った。

本当に。

また。

陽菜も蒼に気付いた。

そして一瞬驚いたあと、すぐに笑った。

「また会ったね。」

三度目だった。

海。

図書館。

そして本屋。

「なんか怖いくらいだね。」

陽菜が笑う。

「ストーカーじゃないからね?」

蒼が冗談で言う。

「それ私のセリフじゃない?」

二人で笑う。

その日も一時間ほど一緒に歩いた。

商店街をぶらぶらして。

たい焼きを買って。

アイスを食べて。

気付けば夕方になっていた。

一緒にいる時間が自然になっていた。

無理に話題を探さなくてもいい。

沈黙が気まずくない。

笑うタイミングが似ている。

好きなものも少し似ている。

蒼は思う。

陽菜といると楽だ。

そして楽しい。

それは友達だからだと思っていた。

まだ。

この時は。

さらに数日後。

町の花火大会の準備ボランティア募集があった。

高校生も参加できるらしい。

友達に誘われて蒼も参加した。

集合場所へ向かう。

暑い。

とにかく暑い。

首にタオルを巻きながら受付を探していると。

「あ。」

聞き慣れた声がした。

振り向く。

陽菜だった。

二人とも笑ってしまう。

「もう笑うしかないね。」

陽菜が言う。

「ここまでくると。」

蒼も笑う。

偶然が多すぎた。

その日。

二人は一緒に提灯を運んだ。

机を並べた。

会場設営を手伝った。

汗だくになりながら。

笑いながら。

陽菜は意外と力持ちだった。

重い段ボールも平気で運ぶ。

「手伝うよ。」

「大丈夫。」

「いや重いでしょ。」

「見くびらないでください。」

そう言いながら持ち上げようとして。

「うわ重っ!」

結局持ち上がらなかった。

蒼は笑い転げた。

陽菜も笑った。

そんな時間がたまらなく楽しかった。

夕方。

作業が終わる。

空がオレンジ色に染まり始めていた。

「疲れたー!」

陽菜が両手を伸ばす。

海風が吹く。

汗ばんだ髪が揺れる。

蒼はその姿を見ていた。

何気ない光景だった。

だけど。

妙に綺麗だった。

その瞬間。

胸の奥が少し苦しくなる。

なんだろう。

この感覚。

今まで感じたことがない。

陽菜が笑うと嬉しい。

陽菜が楽しそうだと安心する。

陽菜と話していると時間があっという間に過ぎる。

会えない日は少し寂しい。

そして。

誰かと仲良くしているところを想像すると。

少しだけ胸が痛くなる。

蒼は気付かないふりをした。

まだ違う。

これは友達としてだ。

そう思おうとした。

でも。

心は誤魔化せなかった。

その日の帰り道。

二人は海沿いを歩いた。

夕陽が沈みかけている。

空はオレンジ色。

海もオレンジ色。

世界全部が優しい色だった。

陽菜がふいに立ち止まる。

「見て。」

砂浜にしゃがみ込む。

小さな貝殻を見つけたらしい。

「綺麗。」

嬉しそうに笑う。

その笑顔を見た瞬間だった。

ドクン。

心臓が大きく鳴った。

風が吹く。

陽菜の髪が揺れる。

夕陽が瞳に映る。

その光景が。

信じられないくらい綺麗だった。

蒼は目を離せなかった。

その時。

ようやく気付いた。

認めてしまった。

答えはずっと前から出ていた。

海で初めて会った日。

図書館で再会した日。

商店街で笑った日。

ボランティアで汗を流した日。

全部。

全部。

好きだったから楽しかったんだ。

好きだったから嬉しかったんだ。

好きだったから会いたかったんだ。

好きだったから。

胸が苦しかったんだ。

恋だった。

蒼は初めて恋を知った。

陽菜は何も知らずに貝殻を眺めている。

蒼だけが世界の見え方を変えられていた。

空の色も。

海の色も。

風の匂いも。

全部違って見える。

まるで。

「世界が初めての色に染まる」

そんな感覚だった。

夕陽が沈んでいく。

夏はまだ続く。

第四章 夏祭りの夜

八月十五日。

朝から蒼は落ち着かなかった。

目が覚めた瞬間に思い出した。

今日は夏祭りだ。

そして。

陽菜と一緒に行く約束をしている日だった。

スマホを見る。

午前七時十二分。

普段ならまだ寝ている時間だった。

なのに二度寝する気になれない。

むしろ目が冴えていた。

ベッドの上で寝返りを打つ。

天井を見つめる。

またスマホを見る。

まだ七時十五分。

三分しか経っていない。

「重症だな……」

蒼は小さく笑った。

去年までの夏祭りなんて、友達と屋台を回って終わりだった。

花火を見て。

帰って。

それだけ。

なのに今年は違う。

陽菜がいる。

それだけで全てが特別に思えた。

結局その日は何をしていても集中できなかった。

ゲームをしても。

動画を見ても。

本を読んでも。

頭の中にいるのは陽菜だった。

待ち合わせは午後六時。

まだまだ先なのに。

時間だけが異常に遅かった。

ようやく夕方になる。

蒼は鏡の前に立っていた。

髪を整える。

服を選ぶ。

着替える。

また鏡を見る。

友達に知られたら絶対笑われる。

でも仕方なかった。

好きな人に会うのだ。

少しでも格好悪いところは見せたくなかった。

そして待ち合わせの十分前。

蒼は駅前広場へ到着した。

祭りへ向かう人たちで賑わっている。

浴衣姿の子供たち。

家族連れ。

カップル。

友達同士。

夏特有の浮き立つ空気が町を包んでいた。

蒼は人混みを見渡す。

まだ来ていない。

少しだけ安心する。

もし先に来ていたら走って来たと思われる。

実際かなり早く来ているのだが。

そして。

「蒼くん。」

聞き慣れた声がした。

振り向く。

その瞬間。

本当に言葉を失った。

陽菜だった。

淡い水色の浴衣。

白い帯。

髪は少しだけまとめられている。

耳元には小さな朝顔の髪飾り。

夕陽が差し込む。

その光の中で立つ陽菜は。

綺麗だった。

ただひたすら。

綺麗だった。

蒼は何秒か固まってしまった。

陽菜が不安そうに聞く。

「変かな?」

蒼は慌てて首を振る。

「いや。」

喉が渇く。

「すごく似合ってる。」

ようやく出た言葉だった。

陽菜は少し驚いて。

それから照れたように笑った。

「ありがとう。」

その笑顔だけで。

今日来てよかったと思った。

祭り会場へ向かう。

提灯が並ぶ通り。

焼きそばの匂い。

綿あめ。

りんご飴。

金魚すくい。

どこを見ても夏だった。

陽菜は目を輝かせていた。

「見て見て!」

射的を指差す。

「やりたい。」

完全に子供だった。

蒼は笑う。

「じゃあやる?」

「やる。」

結果。

二人とも惨敗だった。

景品は一つも取れない。

「難しすぎない?」

「才能ないかも。」

二人で大笑いする。

そんな時間が幸せだった。

何気ないのに。

特別だった。

やがて空が暗くなり始める。

花火の時間が近づいていた。

二人は人混みを抜けて海辺へ向かった。

波音が聞こえる。

夜風が少し涼しい。

遠くでアナウンスが流れる。

「まもなく花火大会を開始します。」

その直後だった。

ドォォォン――――

夜空に最初の花火が咲いた。

歓声が上がる。

赤。

青。

金。

紫。

次々と広がる光。

夏の夜空を埋め尽くしていく。

陽菜は空を見上げていた。

瞳の中に花火が映っている。

「綺麗……」

小さく呟く。

蒼は花火を見なかった。

いや。

見られなかった。

視線はずっと陽菜に向いていた。

花火より綺麗だったから。

その横顔が。

その笑顔が。

好きだった。

どうしようもなく。

その時だった。

陽菜がぽつりと言った。

「この夏。」

蒼は顔を向ける。

陽菜は花火を見たままだった。

「終わらないでほしいな。」

蒼の心臓が大きく鳴る。

「え?」

「なんかさ。」

陽菜は笑う。

少し寂しそうに。

「今年の夏、すごく楽しいから。」

夜風が吹く。

花火が咲く。

波が静かに岸へ寄せる。

蒼はその言葉を聞いていた。

胸がいっぱいになる。

同じだった。

自分も。

終わってほしくなかった。

陽菜と過ごす時間が。

この夏が。

今この瞬間が。

ずっと続けばいいのに。

そう思っていた。

だけど。

夏は終わる。

必ず。

だからこそ美しいのかもしれない。

そのことを。

まだ二人は知らなかった。

第五章 迷子の夜

花火大会の夜から三日後。

蒼は自分でも驚くくらい機嫌が良かった。

理由は単純だった。

陽菜と過ごした時間が、まだ心の中で輝いていたからだ。

花火を見た夜。

帰り道。

駅まで続く人混みの中。

蒼と陽菜は並んで歩いていた。

祭りの余韻が残る夜。

提灯の灯り。

遠くから聞こえる笑い声。

少し汗ばんだ肌を撫でる夜風。

その時だった。

前から走ってきた子供が陽菜にぶつかりそうになった。

「あっ!」

陽菜がよろける。

反射的だった。

蒼は手を伸ばしていた。

陽菜の手首を掴む。

ぐっと引き寄せる。

陽菜の身体が蒼の胸元へ傾く。

一瞬。

時間が止まった。

近い。

近すぎる。

陽菜の髪からシャンプーの香りがした。

心臓が爆発しそうになる。

「ご、ごめん!」

蒼は慌てて手を離した。

陽菜も顔を赤くしていた。

「う、ううん……」

それ以上言葉は続かなかった。

でも。

あの瞬間。

確かに何かが変わった気がした。

蒼だけじゃない。

陽菜も。

そう感じているような気がした。

だから。

蒼は少しだけ期待してしまった。

自分だけじゃないかもしれない、と。

その期待が。

後に蒼を苦しめることになる。

夏祭りから数日後。

最初は小さな違和感だった。

陽菜からの返信が遅い。

それだけ。

それだけだった。

今までは数分で返ってきていた。

でも最近は数時間。

時には半日。

返信がない。

蒼は気にしないようにした。

忙しいのだろう。

たまたまだ。

そう思った。

でも。

恋をしている人間の想像力は恐ろしい。

小さな不安を。

勝手に大きくしてしまう。

既読はついている。

でも返事がない。

何か変なことを言った?

祭りの日?

手を掴んだから?

褒めすぎた?

嫌われた?

考え始めると止まらなかった。

夜。

ベッドに寝転ぶ。

スマホを見る。

通知はない。

五分後。

また見る。

ない。

十分後。

また見る。

ない。

「何やってるんだ俺……」

苦笑する。

でもやめられない。

陽菜からの連絡を待っている。

それだけで心が揺れる。

好きになって初めて知った。

恋は楽しいだけじゃない。

会えないだけで苦しい。

返信がないだけで不安になる。

そんな自分が少し情けなかった。

数日後。

蒼は商店街を歩いていた。

夕方だった。

買い物を頼まれていた。

空はオレンジ色に染まり始めている。

その時だった。

遠くに見覚えのある姿を見つけた。

陽菜だった。

思わず立ち止まる。

胸が高鳴る。

声をかけようとした。

だが。

その隣に男子がいた。

知らない男子だった。

背が高い。

同年代くらい。

二人は楽しそうに話している。

陽菜は笑っていた。

いつもの笑顔だった。

蒼といる時に見せる笑顔と同じだった。

胸が痛んだ。

ズキッと。

音がした気がした。

頭では分かっている。

ただ話しているだけかもしれない。

友達かもしれない。

親戚かもしれない。

何も知らない。

それなのに。

苦しかった。

心が勝手に傷ついていく。

陽菜は気付いていない。

当然だ。

蒼は何も言っていない。

好きだとも。

特別だとも。

だから。

嫉妬する資格なんてない。

それでも。

胸は苦しかった。

蒼は静かにその場を離れた。

夕焼けが滲んで見えた。

その夜。

蒼は海へ向かった。

初めて陽菜と出会った場所。

夜の海は静かだった。

波音だけが聞こえる。

遠くに灯台の光が見える。

蒼は堤防へ座った。

潮風が吹く。

夏の終わりを感じる風だった。

スマホを見る。

何もない。

画面を消す。

また見る。

何もない。

情けない。

自分でもそう思った。

好きになっただけで。

こんなに弱くなるなんて。

その時。

スマホが震えた。

蒼の心臓が跳ねる。

画面を見る。

陽菜。

その名前だけで息が止まりそうになる。

震える指で開く。

そこに書かれていた言葉を見た瞬間。

蒼は固まった。

『ごめんね。』

『最近ちゃんと返せなくて。』

『実はおばあちゃんが入院してて。』

『毎日病院行ってたの。』

『お母さんも大変だから手伝ってて。』

『余裕なくてごめんね。』

蒼はしばらく画面を見つめていた。

全部。

全部自分の勘違いだった。

陽菜は大変な時間を過ごしていた。

苦しんでいた。

頑張っていた。

それなのに。

自分は勝手に嫉妬していた。

勝手に落ち込んでいた。

情けなくて笑ってしまう。

そして。

安心してしまう。

そんな自分もいた。

涙が出そうになる。

波音が聞こえる。

夜風が吹く。

蒼はゆっくり返信を打った。

『大丈夫?』

『無理しないで。』

『何かあったら頼って。』

何度も書き直した末の言葉だった。

数分後。

返信が届く。

『ありがとう。』

『蒼くん優しいね。』

その一文だけで胸が熱くなる。

さらに続けて。

『本当はね。』

『少し会いたかった。』

蒼は息を呑む。

『会えなくて寂しかった。』

夜の海。

波音。

星空。

その全てが一瞬で輝き始める。

胸の奥に灯がともる。

迷子だった心に。

ようやく光が差した気がした。

だけど。

夏は待ってくれない。

カレンダーは静かに進んでいる。

八月二十四日。

夏休みは残り一週間。

第六章 八月三十日

八月三十日。

朝。

蒼は蝉の声で目を覚ました。

けれど、その鳴き声はどこか弱々しかった。

八月の初めには耳を塞ぎたくなるほど響いていた声が、今はどこか遠くから聞こえてくる。

窓を開ける。

少しだけ涼しい風が部屋に入ってきた。

夏が終わろうとしていた。

机の上のカレンダーを見る。

残された数字は二つだけ。

30日。
31日。

それだけだった。

蒼はしばらくその数字を見つめていた。

あと二日。

それは夏休みが終わるまでの日数。

だけど蒼にとっては、それ以上の意味を持っていた。

陽菜と自由に会える時間。

この特別な夏。

恋を知った季節。

全部が終わりへ向かっている。

胸の奥がざわついた。

もし何も伝えなかったら。

夏が終わったあと。

きっと後悔する。

そう思っていた。

だけど。

告白する勇気はまだなかった。

好きだと言った瞬間に。

今の関係が壊れてしまうかもしれない。

それが怖かった。

だから蒼は迷っていた。

好きだからこそ。

失いたくないからこそ。

動けなかった。

そんな時だった。

スマホが震えた。

画面を見る。

陽菜だった。

自然と顔が緩む。

『今日会える?』

たった五文字。

なのに胸が高鳴る。

『会える』

蒼は即座に返信した。

送信してから少し恥ずかしくなる。

するとすぐに返信が来た。

『海行こ』

その一言で。

今日が特別な日になる予感がした。

夕方。

二人はいつもの海岸へ向かった。

初めて出会った場所。

ノートを追いかけた場所。

二人の物語が始まった場所。

夏の終わりの海は静かだった。

人も少ない。

波も穏やかだ。

空は少しずつ夕焼け色に染まり始めている。

陽菜は白いワンピースを着ていた。

海風で髪が揺れている。

蒼は思わず見惚れた。

だけど。

当然言えない。

最近はそんなことばかりだった。

好きだ。

可愛い。

会いたかった。

全部言いたい。

でも言えない。

喉まで出かかっているのに。

言葉にならない。

二人は堤防へ腰掛けた。

波音だけが聞こえる。

少し沈黙が続く。

でも不思議と嫌じゃない。

むしろ心地良かった。

陽菜が海を見ながら言った。

「終わっちゃうね。」

蒼は頷く。

「うん。」

「夏。」

「うん。」

「嫌だな。」

その言葉に蒼の心が揺れる。

自分も同じだった。

終わってほしくない。

この時間を失いたくない。

でも時間は止まらない。

波のように

季節も進んでいく。

陽菜は少し笑った。

「今年の夏ね。」

「うん。」

「人生で一番楽しかったかも。」

蒼の胸が高鳴る。

「そんなに?」

「そんなに。」

陽菜は即答した。

そして少しだけ照れながら続ける。

「蒼くんがいたから。」

その瞬間。

蒼の心臓が大きく跳ねた。

世界が静かになる。

波の音も。

風の音も。

全部遠くなる。

ただ。

その言葉だけが頭の中に響いていた。

蒼くんがいたから。

蒼は何も言えなかった。

嬉しかった。

信じられないくらい。

だけど同時に苦しかった。

好きだ。

今すぐ伝えたい。

でも怖い。

もし自分の勘違いだったら。

もし友達としての意味だったら。

そう考えると動けない。

夕陽が海へ沈んでいく。

空が赤から紫へ変わる。

夏の終わりみたいな色だった。

陽菜は海を見たまま小さく言った。

「ねえ。」

「ん?」

「来年の夏も。」

蒼が顔を向ける。

陽菜もこちらを見ていた。

少しだけ寂しそうな顔で。

「一緒に見れたらいいね。」

蒼の胸が締め付けられる。

その言葉が。

あまりにも優しくて。

あまりにも嬉しくて。

そして。

あまりにも切なかった。

陽菜は気付いていない。

今その言葉が。

蒼にどれだけの勇気を与えたのか。

帰り道。

二人は並んで歩いた。

駅が近づく。

別れの時間が近づく。

すると陽菜が立ち止まった。

「明日。」

蒼も止まる。

「うん。」

「最後の夏休み。」

陽菜が少し笑う。

「会える?」

蒼は迷わなかった。

「もちろん。」

陽菜も嬉しそうに笑った。

その笑顔を見た瞬間。

蒼の中で何かが決まった。

もう逃げたくない。

もう迷いたくない。

夏が終わる前に。

ちゃんと伝えたい。

この気持ちを。

陽菜に。

駅で別れたあと。

蒼は家へ帰る。

机の前に座る。

カレンダーを見る。

八月三十一日。

夏休み最後の日。

蒼はペンを取った。

そして小さく書く。

『告白する』

その文字を見た瞬間。

怖かった。

足が震えそうだった。

でも。

後悔するよりずっと良かった。

窓の外では。

今年最後の蝉が鳴いていた。

まるで夏そのものが背中を押してくれているようだった。

最終章 サマータイムシンデレラ

八月三十一日。

夏休み最後の日。

蒼は目覚ましが鳴る前に目を覚ました。

時計を見る。

午前五時四十三分。

普段なら絶対に起きていない時間だった。

けれど、今日は違う。

眠れなかったのだ。

何度も目が覚めた。

寝返りを打って。

天井を見つめて。

また目を閉じて。

そのたびに浮かぶのは陽菜の顔だった。

初めて出会った日。

風に飛ばされたノート。

海風。

眩しい笑顔。

図書館で再会した日。

メモを回しながら笑った時間。

商店街。

ボランティア。

夕暮れの海。

花火大会。

浴衣姿。

「終わらないでほしいな」

という言葉。

会えなくて苦しかった夜。

「会えなくて寂しかった」

というメッセージ。

全部が昨日のことみたいだった。

蒼はベッドから起き上がる。

カーテンを開ける。

朝日が差し込む。

空は青かった。

どこまでも。

こんなにも綺麗な朝なのに。

胸の中だけは嵐だった。

今日。

伝える。

そう決めた。

けれど決めたからといって怖くなくなるわけじゃない。

むしろ昨日より怖かった。

もし断られたら。

もし気まずくなったら。

もし今日で終わったら。

そんな考えが何度も頭をよぎる。

でも。

それ以上に。

伝えなかった未来の方が怖かった。

何年経っても。

「あの時言えばよかった」

そう後悔する気がした。

だから。

蒼は前へ進むことにした。

夕方。

約束の時間より三十分早く海へ着いた。

落ち着かなかった。

家にいても時計ばかり見てしまう。

だから来てしまった。

二人が出会った場所へ。

海は穏やかだった。

波が静かに寄せては返す。

夕陽が少しずつ海を染め始めている。

夏の終わりの色だった。

蒼は堤防に座る。

心臓がうるさい。

鼓動が止まらない。

手のひらも汗ばんでいる。

その時。

「蒼くん。」

聞き慣れた声。

振り返る。

陽菜だった。

白いブラウス。

淡いスカート。

風に揺れる髪。

何度も見てきたはずなのに。

今日は特別綺麗に見えた。

いや。

きっとずっと綺麗だった。

自分がちゃんと見ていなかっただけだ。

「待った?」

「全然。」

嘘だった。

三十分待っていた。

でもそんなことはどうでもよかった。

陽菜が笑う。

その笑顔を見るだけで胸が温かくなる。

二人は海沿いを歩いた。

最初はいつも通りだった。

学校の話。

宿題の話。

友達の話。

くだらない話。

笑い合う。

でも。

どこかぎこちなかった。

お互いに気付いていた。

今日が特別な日だということを。

やがて。

夕陽が水平線へ沈み始める。

海がオレンジ色に染まる。

空も。

雲も。

全部が夏の終わりを告げていた。

陽菜が立ち止まる。

蒼も立ち止まる。

波音だけが聞こえる。

そして陽菜が小さく言った。

「終わっちゃうね。」

蒼は頷く。

「うん。」

「夏。」

「うん。」

「寂しいな。」

その声は少し震えていた。

蒼は深呼吸する。

今だと思った。

これ以上待ったら言えなくなる。

勇気なんて十分じゃない。

全然足りない。

でも。

好きな気持ちはもう溢れていた。

抑えられないくらいに。

「陽菜。」

名前を呼ぶ。

陽菜が振り向く。

夕陽が彼女の横顔を照らしていた。

綺麗だった。

胸が苦しくなるほど。

蒼は拳を握る。

震えていた。

それでも言葉を続ける。

「ずっと言いたいことがあった。」

陽菜の瞳が揺れる。

真っ直ぐ蒼を見る。

逃げないように。

受け止めるように。

蒼は息を吸う。

そして。

ずっと胸の中にあった言葉を。

ようやく口にした。

「好きだ。」

波の音が聞こえる。

風が吹く。

でも。

蒼には何も聞こえなかった。

「陽菜が好きだ。」

世界が静かになる。

返事を待つ数秒が永遠みたいだった。

怖い。

苦しい。

でも目を逸らさない。

逃げない。

すると。

陽菜の肩が小さく震えた。

そして。

ぽろりと涙が零れた。

蒼の心臓が止まりそうになる。

泣かせてしまった。

そう思った。

だが。

陽菜は笑っていた。

涙を流しながら。

嬉しそうに。

幸せそうに。

笑っていた。

「ずるいよ。」

小さな声だった。

「え?」

陽菜は涙を拭う。

そして笑った。

「私も言おうと思ってたのに。」

蒼は固まった。

理解するまで数秒かかった。

陽菜は真っ赤な顔で続ける。

「私も好き。」

夕陽が揺れる。

波が光る。

世界が輝く。

「ずっと好きだった。」

その瞬間。

胸の中で何かが弾けた。

嬉しかった。

言葉にできないくらい。

泣きそうになるくらい。

幸せだった。

二人は笑った。

涙を流しながら。

その時だった。

遠くの神社から鐘の音が響いた。

ゴーン……

静かな夕暮れに広がる音。

優しくて。

温かくて。

まるで祝福みたいだった。

陽菜が笑う。

「聞こえた?」

「うん。」

「なんかさ。」

陽菜は少し照れながら言う。

「始まりの鐘みたい。」

蒼は頷いた。

確かにそうだった。

これは終わりじゃない。

夏の終わりじゃない。

恋の終わりじゃない。

ここから始まるんだ。

二人の物語が。

陽菜がそっと手を差し出す。

蒼も手を伸ばす。

指先が触れる。

手を繋ぐ。

少しだけ照れくさい。

でも。

離したくなかった。

夜空には一番星が輝いていた。

夏の最後の風が吹く。

まるでシンデレラの魔法が解ける時間だった。

だけど。

二人にはもう魔法なんて必要なかった。

偶然から始まった夏。

重なった出会い。

伝えられなかった想い。

迷子になった夜。

そして今日。

全部が繋がった。

蒼と陽菜は手を繋いだまま歩き出す。

海沿いの道を。

未来へ向かって。

ゆっくりと。

確かな足取りで。

夏がくれた最高のプレゼントを胸に抱きながら。

『サマータイムシンデレラ』 完 🌻🌊✨💕💫

最後まで読んでくれてありがとう(*^-^*)

あなたに素敵な夏が訪れますように(*˘︶˘人)

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