このページは別記事で描いたVaundyの『気まぐれ』という曲をモチーフにした、私の妄想ストーリーの紗良側の視点ですφ(・ω・`)
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それでは「気まぐれ(紗良視点)」(´っ・ω・)っすた~と
『気まぐれ(紗良視点)』

第一章 消えてしまう前に
夏が来るたび、少し怖くなる。
きっと理由なんて単純で。
夏は綺麗すぎるからだ。
綺麗なものほど、
終わる時の音が大きい。
私は昔から、それを知っていた。
七月。
川沿いの堤防。
むせるほど暑い夕方。
隣には悠真がいた。
白いシャツ。
少し眠そうな目。
無愛想なくせに、ちゃんと隣を歩いてくれるところ。
「暑……」
そう言って顔をしかめる悠真がおかしくて、私は笑った。
「夏って感じするね」
「感じすぎる」
その返しも、なんだか悠真らしかった。
風が吹く。
ひゅるり、と。
首元を抜ける少しだけ涼しい風。
私はその瞬間が好きだった。
夏の熱の中で、
一瞬だけ呼吸ができるみたいな感覚。
たぶん恋って、
そういうものに近い。
苦しいのに、
時々だけ、救われる。
悠真といる時間は、不思議だった。
特別なことなんてしていない。
コンビニに行って。
河川敷を歩いて。
くだらない話をして。
ラムネを飲んで。
夕焼けを見て。
ただそれだけ。
なのに、その全部が妙に愛しかった。
たぶん私は、
“普通の時間”に弱い。
映画みたいな恋より。
ドラマみたいな告白より。
こういう、
何でもない夏の時間の方が、
ずっと忘れられなくなる。
「ねぇ、詩書いてよ」
私は何気なくそう言った。
悠真は昔からノートを持ち歩いていた。
誰にも見せないくせに、
ずっと何かを書いている。
たぶん本人は隠してるつもりなんだろうけど、
私は結構好きだった。
悠真の言葉。
少し不器用で。
説明下手で。
でも、ちゃんと温度がある。
だから私は、
悠真に“今”を書いてほしかった。
この風。
この暑さ。
この蝉の声。
この夏。
全部。
消えてしまう前に。
本当は。
あの頃から、少し怖かった。
お父さんの転勤の話。
まだ決まっていなかったけど、
たぶん遠くへ行くことになる。
そんな空気が、家の中にずっと漂っていた。
だから私は、
必死に覚えようとしていた。
悠真が笑った顔。
汗ばんだシャツ。
歩く速さ。
夕方の匂い。
風の音。
全部。
全部。
失くしたくなかった。
でも。
本当に怖かったのは、
“失うこと”じゃない。
時間が経って。
大人になって。
全部が薄れて。
思い出せなくなることだった。
だから私は、
言葉にしたかった。
詩にしたかった。
ちゃんと残したかった。
たとえ終わっても。
「なかったこと」にはしたくなかった。
あの日。
河川敷で悠真がノートを書いている横顔を見ながら、
私は少しだけ泣きそうだった。
夕焼けが綺麗だったからじゃない。
夏が眩しかったからでもない。
たぶん。
幸せだったからだ。
幸せって、
壊れる前が一番綺麗だから。
「なんでそんな、今を残したがるんだよ」
悠真が聞く。
私は少しだけ黙った。
本当のことを言ったら、
この夏が終わる気がした。
だから私は、
笑いながら小さく答えた。
「消えそうだから」
その瞬間。
風が吹いた。
ひゅるり、と。
私はその音を、
たぶん一生忘れないと思った。
第二章 豪雨の下、本当は触れたかった
夏の匂いには、
思い出を引きずり出す力がある。
雨が降る前の湿った空気とか。
アスファルトの熱とか。
遠くの雷の音とか。
そういうものを感じるたび、
私は少しだけ不安になる。
“今”が過ぎていく音がするから。
あの日。
私は最初から、
雨が降る気がしていた。
駅前の信号待ち。
重たい雲。
肌にまとわりつく湿気。
風の温度。
全部が「もうすぐ降るよ」って言っていた。
「今日さ、雨降る匂いする」
そう言うと、
悠真は不思議そうな顔をした。
「まだ晴れてるじゃん」
たぶん悠真は、
そういう細かい変化に鈍い。
でも私は、その鈍さが少し好きだった。
私ばっかりが季節の終わりを感じていて。
悠真だけが、
まだ普通に夏の中にいる。
その感じが、少し安心した。
喫茶店の窓際。
氷の溶ける音。
外を歩く人たち。
ぼんやり曇っていくガラス。
私は横にいる悠真を盗み見た。
本当に、変わらない。
ぶっきらぼうで。
ちょっと眠そうで。
でもちゃんと優しい。
私が「アイス食べたい」って言えば付き合ってくれるし、
「歩こう」って言えば隣を歩いてくれる。
そういう当たり前が、
たぶん一番特別だった。
「夏終わるの、早くない?」
気づけば、そんなことを口にしていた。
悠真はすぐ否定する。
「まだ八月入ったばっかだろ」
でも私は知っている。
楽しい時間ほど、
終わる準備を先に始める。
夏もそう。
恋もそう。
だから怖かった。
悠真の隣が、
居心地良くなればなるほど。
離れる未来が、
どんどん現実になっていく気がした。
店を出た瞬間、
空気が変わった。
私は思わず笑ってしまう。
「ほら言った!」
次の瞬間。
雨。
強い豪雨。
夏の雨はいつも急すぎる。
世界を丸ごと洗い流すみたいに降ってくる。
私たちは慌てて商店街の屋根の下へ逃げ込んだ。
肩が触れる。
息が近い。
濡れたシャツが肌に張り付いて、
変に心臓がうるさくなる。
「……風邪ひくぞ」
悠真が言う。
本当は、
その声だけで少し安心していた。
私は昔から、
雨の日が苦手だった。
世界に取り残される感じがするから。
でも。
悠真の隣にいる雨だけは、
少し好きだった。
雨音が激しくなる。
道路が川みたいに光っている。
私はこっそり、
悠真の横顔を見た。
その時。
どうしても、
触れたくなった。
いなくなる前に。
ちゃんと、
この人を感じておきたくなった。
だから私は、
悠真の袖を軽く掴んだ。
本当に一瞬だけ。
でも、
たぶん気づかれていた。
悠真の呼吸が少し止まったから。
あぁ。
だめだな、と思った。
好きになってる。
ちゃんと。
思っていたより、
ずっと深く。
でも同時に、
胸の奥で別の声がする。
「終わるよ」
「残らないよ」
「離れるよ」
そんな声。
だから私は、
余計に“今”を残したくなった。
この雨の音。
濡れた匂い。
触れた袖。
近すぎる距離。
全部。
全部。
忘れたくなかった。
「全部忘れちゃっても、残るものってあると思う?」
私はそう聞いた。
半分は、自分への確認だった。
悠真は少し考えてから言う。
「感覚じゃね」
その答えが、
妙に悠真らしかった。
不器用で。
でも、本質だけはちゃんと掴んでる。
「風とか」
そう言った瞬間。
私は少し泣きそうになった。
あぁ。
この人も、
ちゃんと覚えてくれるんだって思った。
言葉じゃなくても。
夏の匂いとか。
湿度とか。
私の隣にいた空気とか。
そういうので、
思い出してくれるんだって。
夜。
家に帰ったあとも、
袖越しの熱が消えなかった。
ベッドに寝転びながら、
天井を見る。
雨音はもう止んでいた。
でも胸の中だけ、
まだざわざわしている。
私はスマホを開く。
悠真とのトーク画面。
『今日はありがと』
打って。
消す。
『楽しかった』
打って。
また消す。
結局、
何も送れなかった。
恋ってたぶん、
こういう“言えなかった言葉”ばかり増えていく。
第三章 花火が綺麗だったから、余計に苦しかった
花火大会の日。
私は朝から落ち着かなかった。
浴衣を広げて。
鏡の前で髪を結んで。
何回もやり直して。
結局、
いつもより少しだけ大人っぽい感じにした。
意味なんて、自分でもわかってる。
好きな人に、
可愛いって思われたかった。
ただ、それだけ。
待ち合わせ場所にいた悠真は、
私を見るなり少し固まった。
「あ」
その反応がおかしくて、
私は思わず笑ってしまう。
「なに」
「……いや」
「変?」
「いや別に」
嘘が下手。
本当にわかりやすい。
でも悠真は、
たぶん自分が顔に出やすいことに気づいてない。
だから私は、
そういう瞬間を見つけるたび、
少しだけ嬉しくなる。
ちゃんと、
私を見てくれてる気がするから。
夏祭りの空気が好きだった。
屋台の匂い。
人混み。
遠くで聞こえる音楽。
夕方なのに、まだ熱を持った風。
全部が、
“夏のピーク”って感じがする。
でも同時に、
私はいつも少し寂しくなる。
ピークって、
あとは終わるだけだから。
「一口ちょうだい」
私は悠真のかき氷を奪う。
「またかよ」
「いいじゃん」
「お前、自分のあるだろ」
「人のやつの方がおいしいの」
「意味わかんね」
呆れた顔。
でもちゃんと渡してくれる。
優しい。
そういうところ、
ずるいと思う。
無自覚だから余計に。
花火が始まる直前。
私たちは橋の上へ移動した。
人混みから少し離れた場所。
風が気持ちいい。
川の匂いがする。
「ここ、穴場じゃん」
「だろ」
得意げな悠真がおかしくて、
私は少し笑った。
その時。
夜空に花火が開いた。
ドン、と。
お腹の奥まで響く音。
光が広がる。
赤。
青。
金色。
全部が一瞬で消えていく。
綺麗だった。
苦しくなるくらい。
私は横にいる悠真を見た。
花火の光が横顔を照らしている。
真剣な目。
少し開いた口。
風で揺れる前髪。
あぁ、好きだなって思った。
どうしようもなく。
でもその瞬間。
同時に怖くなった。
この景色は、
たぶん一生忘れられない。
忘れられないものほど、
あとで人を苦しめる。
「来年も見れるかな」
気づけば、
そんな言葉がこぼれていた。
本当は、
“来年も一緒にいられるかな”
って意味だった。
でもそんなこと、
怖くて言えなかった。
悠真はすぐ言う。
「見るだろ」
簡単に。
まっすぐに。
その言葉だけで、
少し泣きそうになる。
あぁ。
この人は、
まだ未来を信じてる。
私はもう、
終わりを知ってるのに。
引っ越しの話は、
ほぼ決まっていた。
でも言えなかった。
言った瞬間、
全部が終わる気がしたから。
“今”が、
急にカウントダウンになる気がしたから。
だから私は、
黙っていた。
最低だなと思う。
でも。
もう少しだけ、
この夏の中にいたかった。
帰り道。
夜風が少し涼しかった。
ひゅるり、と。
首元を抜けていく風。
私は歩きながら、
隣の悠真との距離を少しだけ縮める。
肩が触れそうになる。
でも触れない。
そんな曖昧な距離が、
苦しかった。
好きって、
もっと楽しいものだと思ってた。
でも本当は、
失う怖さの方がずっと大きい。
その時。
指先が触れた。
一瞬だけ。
本当に一瞬。
でも心臓が止まりそうになった。
熱い。
びっくりするくらい。
私は慌てて手を引っ込める。
でも、
本当はもっと触れていたかった。
たぶん悠真も、
同じ顔をしていた。
夜。
部屋の電気を消して、
ベッドに寝転ぶ。
窓の外では、
まだ遠くで花火の音がしていた。
私はスマホを握りしめる。
悠真との写真。
今日の景色。
全部見返してしまう。
その中で、
橋の上で撮った後ろ姿の写真で指が止まった。
花火。
川。
夜風。
並んだ背中。
その写真が、
あまりにも“夏”だった。
綺麗すぎて、
泣きそうになった。
「……好きだなぁ」
誰もいない部屋で、
小さく呟く。
その瞬間。
涙がひとつだけ落ちた。
たぶん私は、
恋をしてるんじゃなくて。
終わってしまう夏ごと、
悠真を好きになっていた。
第四章 言わなかったら、終わらない気がしていた
八月の終わり。
私は少しずつ、
悠真から距離を取るようになっていた。
最低だと思う。
でも、
どうしてもそうするしかなかった。
スマホが震える。
『今日どうする?』
悠真からのメッセージ。
私は画面を見つめたまま、
しばらく返信できなかった。
会いたい。
声を聞きたい。
隣を歩きたい。
でも。
会えば会うほど、
離れられなくなる。
だから私は、
少し時間を置いてから返した。
『ごめん、今日は無理かも』
送ったあと、
胸がぎゅっと痛くなる。
本当は全然“無理”じゃない。
むしろ、
今すぐ会いに行きたい。
でも、
会ったらきっと泣いてしまう。
家の中では、
引っ越しの準備が少しずつ始まっていた。
段ボール。
片付けられていく棚。
減っていく物。
部屋が少しずつ“ここじゃなくなる”。
その感覚が苦しかった。
夜になると、
私は一人でベランダに出た。
ぬるい風。
遠くの蝉の声。
もう夏の終わりの音だった。
私は目を閉じる。
思い出すのは、
全部悠真のことばかり。
河川敷。
豪雨。
花火。
海。
笑った顔。
呆れた顔。
不器用な優しさ。
気づけば、
どの景色にも悠真がいた。
「……だめだな」
小さく呟く。
最初は、
ちゃんと終わらせるつもりだった。
夏の思い出として。
綺麗なまま。
でも。
好きになりすぎてしまった。
数日後。
私は一人で河川敷へ行った。
夕方。
空が赤い。
風が涼しい。
悠真と何回も歩いた道。
そこに一人で立つだけで、
胸が変になる。
その時。
遠くから走ってくる影が見えた。
「……紗良!」
悠真だった。
私は少しだけ目を見開く。
「あ」
「あ、じゃねぇよ」
息を切らしながら、
悠真がこっちへ来る。
「連絡返せよ」
怒ってる。
でもその声の奥に、
不安が混ざっているのがわかった。
その瞬間。
胸が痛くなる。
こんな顔、
させたくなかった。
「最近ずっとそうじゃん」
悠真が言う。
私は少しだけ俯いた。
言わなきゃ。
もう。
ちゃんと言わなきゃ。
でも。
口を開くのが怖い。
言った瞬間、
この夏が壊れる気がした。
「……引っ越すんだ」
やっと出た声は、
自分でも驚くくらい小さかった。
悠真の表情が止まる。
その顔を見るだけで、
泣きそうになる。
「九月」
そう続けた瞬間。
風が吹いた。
ひゅるり、と。
あぁ。
終わるんだって思った。
夏が。
この時間が。
全部。
「なんで言わなかったんだよ」
悠真の声。
私は笑おうとした。
でもうまく笑えなかった。
「言ったら、終わる感じするから」
本音だった。
本当に。
私はずっと、
“今”を終わらせたくなかった。
だから詩にしたかった。
言葉にしたかった。
覚えていたかった。
消えないように。
薄れないように。
錆びないように。
夕焼けが滲む。
私は悠真を見れなかった。
見たら、
きっと泣いてしまう。
その時。
「……まだ終わってねぇだろ」
強い声だった。
私は思わず顔を上げる。
悠真が、
真っ直ぐこっちを見ていた。
「勝手に終わらせんなよ」
その瞬間。
胸の奥で、
何かが崩れた。
あぁ。
この人、
本当にずるい。
私は終わる準備をしていたのに。
ちゃんと諦めようとしていたのに。
そんな顔で、
そんな声で引き止めないでほしかった。
「俺、お前のこと——」
その言葉で、
世界の音が少し遠くなる。
風。
蝉。
夕焼け。
全部がぼやける。
心臓だけがうるさい。
お願い。
言わないで。
でも。
言ってほしい。
そんな矛盾ばっかりだった。
「好きだ」
その瞬間。
本当に泣きそうになった。
嬉しかった。
苦しかった。
怖かった。
全部同時だった。
私はずっと、
この言葉を聞きたかった。
でも同時に、
聞いてしまったら戻れないことも知っていた。
だから私は、
泣きそうな顔で笑うしかなかった。
「……ずるい」
声が震える。
「そんなタイミングで言うの、ずるい」
本当にそう思った。
夏の終わり。
夕焼け。
風。
こんなの、
一生忘れられなくなるに決まってる。
「私も、好きだったのに」
言った瞬間。
涙が落ちそうになった。
でも。
不思議と後悔はなかった。
終わるからこそ。
失うからこそ。
この恋は、
こんなにも綺麗だった。
第五章 “またね”が、一番苦しかった
告白のあと。
世界が少し変わって見えた。
本当なら、
もっと幸せでいっぱいになると思っていた。
でも実際は違う。
好きってわかった瞬間から、
“失う怖さ”がもっと大きくなった。
河川敷の帰り道。
私は悠真の隣を歩いていた。
肩が触れそうな距離。
でも今までとは違う。
好きな人として隣にいる。
それだけで、
呼吸が少し難しくなる。
「……なんか変な感じ」
私が言うと、
悠真は少し笑った。
「お前が言うんだ」
「だって、昨日までと同じなのに違う」
「まぁ……わかる」
その照れた横顔が愛しくて、
胸が苦しくなる。
あぁ。
もっと早く、
ちゃんと好きって言えばよかった。
でも。
もしそうしてたら、
今よりもっと離れられなくなっていた気もする。
それからの毎日は、
少しだけ特別だった。
手を繋ぐようになった。
並んで歩く時の距離が近くなった。
目が合う回数が増えた。
でも。
嬉しい瞬間ほど、
終わりを思い出す。
だから私は、
幸せになるたび苦しくなった。
夜。
部屋の段ボールが増えていく。
“ここからいなくなる”準備が、
少しずつ進んでいく。
私は床に座りながら、
スマホを見つめた。
悠真からの通知。
『明日暇?』
その文字だけで、
胸が熱くなる。
本当に、
簡単に好きになってしまったと思う。
「海行こう」
気づけば電話でそう言っていた。
朝六時。
普通なら絶対迷惑な時間。
でも悠真は、
眠そうな声で笑った。
『今から?』
「今から」
『気まぐれすぎるだろ……』
その言い方が、
なんだか嬉しかった。
“気まぐれ”って言葉。
たぶん悠真は、
もう私そのものみたいに使ってる。
海は少し涼しかった。
八月の終わりの風。
夏と秋の境目みたいな空気。
私は裸足で波打ち際を歩く。
冷たい。
でも気持ちいい。
振り返ると、
悠真が少し困った顔でこっちを見ていた。
「来なよ」
「濡れる」
「いいじゃん」
「お前子どもかよ」
「そうかも」
笑う。
たぶん私は、
楽しいふりをしていた。
本当は怖かったから。
終わることが。
離れることが。
この時間が、
思い出になってしまうことが。
夕方。
防波堤に並んで座る。
波の音。
オレンジ色の空。
潮風。
全部が静かだった。
私は膝を抱えながら、
小さく息を吐く。
「私さ」
「ん?」
「好きになるの、ちょっと怖かった」
悠真が静かにこっちを見る。
私は続けた。
「だって終わるじゃん」
本音だった。
ずっと怖かった。
大事なものほど、
時間は簡単に連れていく。
だから私は、
最初から覚悟していた。
“この夏は終わる”って。
でも。
覚悟してても、
好きになるのは止められなかった。
「だから、残したかった」
私は海を見ながら言う。
「風とか、匂いとか。
そういうので、ちゃんと覚えていたかった」
悠真は少し黙ったあと、
静かに言う。
「終わっても、消えないだろ」
その瞬間。
胸がいっぱいになる。
本当に、
この人はずるい。
私はずっと、
“失う前提”で考えてたのに。
悠真は、
ちゃんと“残る未来”を見ている。
気づけば、
涙が少しだけ滲んでいた。
でも私は笑う。
泣いたら、
本当に終わりそうだったから。
その時。
悠真が、
そっと肩を寄せてきた。
熱い。
でも安心する。
私は小さく目を閉じた。
波の音が遠い。
風が首元を抜ける。
ひゅるり、と。
あぁ。
この瞬間、
一生忘れないなと思った。
帰りの電車。
窓に映る夜の海を見ながら、
私は思う。
たぶん恋って、
“永遠”になれないから綺麗なんだ。
もし終わらないなら、
きっとここまで愛しくなかった。
失うかもしれないから。
薄れていくかもしれないから。
だから人は、
必死に覚えていようとする。
言葉にする。
詩にする。
触れる。
名前を呼ぶ。
そうやって、
消えそうな時間を抱きしめる。
私は窓に映る自分を見つめながら、
小さく笑った。
「……ほんと、好きだなぁ」
その声は、
電車の音に静かに溶けていった。
最終章 夏の最後の風
九月一日。
朝から空が綺麗すぎた。
こういう日は嫌いだ。
空まで晴れていると、
本当に夏が終わってしまう気がするから。
部屋には、
もうほとんど物がなかった。
ベッド。
カーテン。
小さな机。
それだけ。
昨日までここにあった“私の夏”が、
少しずつ消えていく。
私は段ボールの隅に座りながら、
スマホを見つめていた。
悠真からの通知。
『着いたら連絡して』
その一文だけで、
胸が苦しくなる。
駅へ向かう車の窓から、
見慣れた街が流れていく。
コンビニ。
歩道橋。
河川敷。
全部に思い出があった。
たった一夏なのに。
どうしてこんなに、
残ってしまうんだろう。
ホームに着くと、
悠真はもう来ていた。
白いシャツ。
少し眠そうな目。
でも今日は、
どこか無理して平静を保ってる顔だった。
「……早いね」
「そっちこそ」
そんな普通の会話しかできない。
本当は、
もっと言いたいことがあるのに。
“行かないで”って言ってほしかった。
でも同時に、
そんなこと言わせたくなかった。
矛盾ばっかりだった。
風が吹く。
ひゅるり、と。
ホームを抜ける夏の風。
私はその音を聞きながら、
小さく笑った。
「悠真」
「ん?」
「ノート、ちゃんと書いてる?」
本当は、
聞かなくてもわかっていた。
悠真はきっと、
この夏を書き続ける。
風とか。
匂いとか。
私のこととか。
全部。
忘れないように。
「……まぁ」
少し照れた顔で答える悠真が、
どうしようもなく愛しかった。
「悠真の言葉、好きだった」
そう言った瞬間、
胸が少し熱くなる。
本当は、
もっと早く伝えればよかった。
好きって。
ちゃんと。
でも、
たぶん私たちは、
遠回りしたからここまで来れた。
もし最初から両想いだったら。
もし終わりが見えてなかったら。
きっとこの夏は、
ここまで綺麗じゃなかった。
電車のアナウンスが流れる。
終わる。
本当に。
私は唇を噛んだ。
泣きたくなかった。
最後まで、
ちゃんと笑っていたかった。
だって。
悲しいだけの夏にしたくなかったから。
「向こう行ってもさ」
悠真が言う。
「気まぐれで連絡してこいよ」
その言葉で、
涙が出そうになる。
あぁ。
この人、
最後までそういう言い方するんだ。
優しいくせに、
わざと軽く言う。
私が泣かないように。
「ちゃんと返してよ?」
「返す」
「既読無視したら怒る」
「しない」
笑う。
でも声が震えている。
私たちはたぶん、
お互い気づいていた。
“またね”が、
簡単じゃないこと。
距離は、
思ってるより残酷なこと。
それでも。
信じたかった。
この夏が、
ちゃんと残るって。
電車がホームへ入ってくる。
風が強く吹いた。
白線の向こうで、
夏の熱が揺れている。
私は悠真を見る。
言いたいことが、
喉の奥で詰まる。
好き。
離れたくない。
忘れないで。
全部。
全部言いたいのに。
結局。
最後に出たのは、
たった一言だった。
「またね」
でもその瞬間。
悠真が、
少し泣きそうな顔で笑った。
その顔を見た瞬間、
私は思った。
あぁ。
この夏を好きになれてよかった。
この人を好きになれてよかった。
終わるからこそ。
消えていくからこそ。
こんなにも愛しかった。
ドアが閉まる。
電車が動き出す。
ホームの景色が、
少しずつ遠ざかる。
悠真が小さくなっていく。
でも。
不思議と、
“消える”感じはしなかった。
たぶん。
ちゃんと残ったからだ。
風の音みたいに。
蝉の声みたいに。
夕焼けの匂いみたいに。
夏の熱みたいに。
言葉にならないまま、
胸の奥に。
私は窓にもたれながら、
静かに目を閉じる。
ひゅるり、と。
どこかで風が鳴った気がした。
その音だけで、
また少し泣きそうになる。
でも私は笑う。
この恋はきっと、
終わったんじゃない。
“残った”んだと思った。
~完~
他にも『Vaundy』の名曲を紹介しておりますので併せてご覧くださいρ(._.*)ρ





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